4-3 呪縛はΩにも作用する
翌日、アキトはケンシロウの家に来なかった。その次の日も、またあくる日も。
ケンシロウの不安は次第に増していった。
やっぱり、自分の話をしたのは不味かったのだろうか?
アキトに愛想を尽かされたのだろうか?
でも、運命の番にあいつは縛られたんじゃないのか?
もしかして、運命の番だろうが、自分の望む道をいこうと決心したのだろうか?
ケンシロウは後悔していた。
あまりにも運命の番の呪縛を軽視していたことを嫌という程思い知ったのだ。
ケンシロウは運命の番の呪縛というものをうまく利用するつもりだった。
運命の番の呪縛は、そこから目を背け逃げようとする者だけに発動するものだと思っていた。
つまり、番の相手となったαを雁字搦めに絡めとり、身動きを取れなくし、自分の前に跪かせるためのツールであった。
αを自分の手元から逃げられなくし、自分の人生のために利用するためのもの。
番となったαを手放すつもりなどないケンシロウにどうして運命の番の呪縛が関係して来るなどと考えもしなかった。
だが、現実は違った。
数日間アキトが自分の元を訪ねて来ないだけで不安で押しつぶされそうになる。
今までであれば、もっと冷静な判断が出来たはずだった。
ケンシロウの目から見れば、アキトはすっかりケンシロウに落ちていた。
初めて出会った日以後性的関係はもっていなかったが、売り専ボーイとして相手をしたどんな客よりも、クルージングスポットで肌を重ねたどんなαよりも熱っぽくケンシロウを見つめて来た。
ここまで夢中になっているアキトが、やすやすとケンシロウを捨てるはずがない。
恐らく、ケンシロウのしたΩとしての壮絶な人生にショックを受けているのだろう。彼にとっては暫くの冷却期間が必要であるに違いない。
そんなことはわかっている。
いずれ気持ちが落ち着けば、アキトはケンシロウの元へと戻って来る。ケンシロウはそれをただ待つだけでいい。
理性的に判断すれば、それはもう明白だ。
だが、今のケンシロウはそんな余裕などなかった。
毎日のように、アキトが来ないかベランダから外を覗いて一日を過ごし、今日も来なかったと落胆し、焦りを募らせる。
イラつき、家の中をグルグル歩き回る。どこにもぶつけようのないこの感情をただただ溜め込み、布団の上でもがき苦しんだ。
そんなある時、ケンシロウの家の呼び鈴が鳴った。
「アキト!?」
ケンシロウは安堵と期待を胸に玄関先へ飛び出した。
しかし、その来客した相手を見るや、ケンシロウはすっかり落胆してしまった。
「エツコママ……」
「あら、今日は来たらいけなかったかしら?」
エツコはガッカリした表情を隠せないケンシロウに苦笑した。
ケンシロウと新宿二丁目のバーMonster Boyのママ・エツコとの関係は、ただのバーのオーナーと客の関係ではない。
ケンシロウが高校を中退し、新宿二丁目で売り専ボーイとして働き始めた時からの付き合いだ。
当時まだ売り専ボーイとして不慣れだったケンシロウは、ある迷惑な客に絡まれ、恐怖に逃げ出した所をエツコに助けられたのだった。
それからというもの、エツコはケンシロウを事あるごとに気にかけ、私生活まで面倒を見ている。
そのために時たまこうしてケンシロウの面倒を見に彼のアパートを訪ねて来るいわば、ケンシロウにとって第二の母のような存在だ。
「いや、いいんだ。上がってよ」
一人で全てを抱え込み切れなくなっていたケンシロウは、エツコを部屋に上げた。
「何かあったの? ケンちゃん、今日は随分疲れた顔しているわよ?」
エツコが心配そうにケンシロウの顔を覗き込む。
「オレは、オレは……どうかしちゃってるんだ……」
ケンシロウは思わずエツコに泣きついたのだった。
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