4-2 アキトに嫌われたくない

 ケンシロウはアキトに自らの生い立ちを余すところなく、赤裸々に語って訊かせた。


 αの両親の元にαの性をもつ子どもとしての期待を一身に受け、幼少期はそれは大切に育てられて来たこと。

 ところが、性別確定検査でΩであることがわかると両親はケンシロウに対する態度を一変させたこと。

 学費も出して貰えず、病院にも行かせて貰えず、発情抑制剤も処方して貰えずに、高校を中退せざるを得なくなったこと。

 それからというもの、新宿二丁目で売り専ボーイとして働きながら、番となるべきαを探しながら今まで一人で暮らして来たこと。


 いや、「余すところなく」といえば嘘になる。

 ケンシロウがαを焚き付けるために発情促進剤をわざと服用していたこと。

 アキトと二丁目で初対面した時も、実は発情期でもないのに促進剤を使い、彼を刺激したこと。

 そして、番となるαは自分の人生のために利用するだけの存在だと考えていること。

 自分を散々コケにしたαなど、逆にのし上がるためのかてとして利用してやらなければりゅういんが下がらないと感じていること。


 こんなことを話してアキトとの間に無駄に波風を立てたくなかった。

 違う。そんな表面的な理由ではない。

 ケンシロウは単純にアキトに嫌われたくないと思ったのだった。

 そんな気分に陥ったことにケンシロウ自身驚いていた。


 自分の暗部まで全てをさらけ出し、アキトが一時的にケンシロウを遠ざけようと、ケンシロウにとって大きな問題にはなりえないはずだった。

 アキトは運命の番の呪縛に囚われて、もうケンシロウを簡単には切り捨てることなど出来なくなっている。

 どんなにケンシロウが嫌な奴だと思おうが、アキトはケンシロウ以外を受け付けない身体になっている。

 離れようともがいても、最後はケンシロウの元に戻って来る。


 そんなことはわかっている。

 だが、どうしてもアキトを失望させたくないという感情が先に立つ。


 一方のアキトは黙ったままケンシロウの話に耳を傾けていたが、その眉間にはだんだんと深いしわが寄っていった。

 最後の方では頭を抱え、辛そうな様子で肩で息をし始めた。


 ケンシロウは心配になって、そっとアキトの肩に手を置き、彼の顔を覗き込んだ。

「アキト、大丈夫?」

 アキトはやっとのことでケンシロウに頷いた。

「ああ、大丈夫だ。すまん。今日はちょっと帰らせてくれ」

 そう言い残し、アキトはフラフラとケンシロウの部屋を出て行った。

「え、アキト。ちょっと待ってよ。オレ……」

 アキトを引き止めようとしたケンシロウの前でドアが閉まった。


 オレ、何かしたら不味い話をしたかな……。


 ケンシロウは不安に襲われた。

 アキトに話した内容は、かなり自分でも気を遣ったつもりでいた。それでも、アキトを不快にするのに十分な何かがあったのだろうか?


 ケンシロウはそのままベッドに身を投げ出した。

「オレ、どうしちゃったんだろうな?」

 ケンシロウはそう呟いた。


 αのことなどでこんなに気持ちが揺さぶられることになるなんて。

 しかも、アキトは見ず知らずの相手であり、たまたま新宿二丁目のクルージングスポットで身体を重ねた相手だ。

 何の思い入れもない、「運命の番」であるというだけの存在であったはずなのに。 

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