4.Side ケンシロウ ー呪縛に捕われるはΩも同じー
4-1 順調な滑り出し
すべては順調だ。思った通り、クルージングスポット・
二十七歳の大学院生だというアキトというその男は、想像していた通り
「俺は認めねえ。ケンシロウと運命の番だと? そんなもの、関係ねえ。俺はαとしての誇りがあるんだ。Ωと結婚なんて冗談じゃない」
そんなことを言ってのけたが、このくらいでへこたれるケンシロウではない。
両親にすら打ち捨てられ、大勢のα相手に身体を売って来たケンシロウはまさに百戦錬磨。
こんな暴言など可愛いものだ。
そうやって突っ張っていられるのも今の内だ。
運命の番の呪縛はそんなに簡単にα様の「理性」とやらでどうにかなるものではないのだから。
だが、思ったよりこのアキトという男がケンシロウに落ちるのは早かった。
その翌日には何やら気まずそうな様子でもう一度訪ねて来たのだから。
どうやら、昨日自分が吐いた暴言に対して後ろめたさがあるようで、口の中で何やらもごもご言っている。
ただ、αとしてのプライドがあるのだろう。素直に「すまなかった」とまでは言えないようだった。
意外に可愛い所あるじゃん。
ケンシロウは自分らしい人生を送るために利用するだけだと考えていたにも関わらず、アキトという男に対し少しばかりの愛しさを覚えた。
アキトはケンシロウの家に来てから、どうやら彼の暮らしぶりに興味があるようで、キョロキョロと家の中を見回している。
まだ詳しく彼の素性を知らないが、どうやらαを両親としてもち、温室育ちでここまで生きて来たのだろう。
Ωと関わったことなどほとんどなく、今ケンシロウが住んでいるようなボロアパートを訪れるのも初めてといったところだろうか。
その表情はまるで子どものように興味津々といった様子だ。
「おい、ケンシロウ」
ケンシロウが冷蔵庫から麦茶を出してコップに注いでいると、後ろからアキトが声を掛けて来た。
「何、アキト?」
「お前に訊きたいことがあるんだが……」
「訊きたいこと? 答えられる範囲ならいいよ」
「そうか……。やっぱり、お前にも答えたくないことはあるよな……」
ケンシロウの何気ない一言にアキトはショックを受けた顔をして俯いた。
そりゃ、「人」として誰にも言えない秘密があることなど普通のことだろう。
しかし、温室育ちのαのお坊ちゃまはΩが「人」ではない何かの生き物だと思っているらしい。
こんな些細なことでも、自分の中にあるそんな偏見や無知を炙り出された気分になり、心が痛むのだろう。
でも、それで落ち込むだけ可愛いじゃないか。
この男、ケンシロウが思っている以上に純粋なのかもしれない。
「いや、別にオレ、そんなに隠し事はないけどさ。気軽に訊いてよ」
ケンシロウはアキトの前に麦茶を置きながら落ち込むアキトをフォローした。
しかし、すっかりこの一件で話を切り出すことが怖くなったのか、なかなか次の一言をアキトは紡ぎ出すことが出来ない。
麦茶の入ったコップに目を落としたまま、飲むわけでもなく、座ったままもじもじしている。
どうせ、ケンシロウに対する好奇心が芽生えて来ているのだろう。
ケンシロウのことなら、生い立ちでも今の暮らしでも、何でもいいから知りたいのだろう。
ケンシロウもその実、このバカがつくくらい純粋なアキトという人物をもっと知りたいという欲が沸き上がって来ていた所だ。
ケンシロウはうじうじ悩んでいる様子のアキトにそっと
「アキト、オレのこと、知りたい?」
アキトははっとして顔を上げた。
「教えて……くれるのか?」
「うん。だって、アキトはオレにとっての運命の番だもん。ちゃんとアキトにはオレにこと知って欲しいし」
アキトの顔がわかりやすくパッと明るくなった。
「ただし、一つ条件がある」
ケンシロウのその一言にすぐにアキトの顔が曇った。喜んだり不安気になったり忙しい男だ。
「アキトのこともいろいろ教えてくれよ」
「わかった。教えるよ」
アキトは再び嬉しそうな笑顔を取り戻して頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます