3-8 ケンシロウを知りたい
アキトは運命の番の呪縛などに縛られず、自分の人生を生きようと決めた。
だが、研究室で研究に勤しんでいても、頭にはどうしてもケンシロウの姿が浮かんで離れない。
このままΩなどに振り回され、人生を棒に振る訳にはいかないのに……。
そもそも、学会誌に投稿する論文の締め切りは刻一刻と迫っている。
このままダラダラとケンシロウに引き摺られていては、このチャンスを逃してしまいかねない。
わかってはいる。わかってはいるのだが、どうもケンシロウに出会ってから、自分の欲望を理性でコントロールが効かなくなっている。
随分Ωであるケンシロウの尊厳を傷つけるようなことも口にした。
それでも、ケンシロウに会いたくてたまらない。あの愛らしい顔を拝みたい。
今日だけだからと自分に言い訳をしながら、アキトはケンシロウの家へ向かおうと研究室を出た。
ケンシロウの住むアパートの錆びた階段を上がり、今日は迷うことなく呼び鈴を押した。
すると、ケンシロウはアキトをこの前の暴言など訊かなかったかのような笑顔で迎え入れた。
「やっぱり来たね」
「わ、悪いかよ……」
「いや、悪くなんかないよ。来てくれて嬉しい」
そう言って微笑みかけるケンシロウにアキトは思わず赤面した。
「この前、お前にΩとの結婚など有り得ないなんて傷つけるようなことを言ったのにか?」
自分でそんな問いをケンシロウに発していることにアキト自身が驚いていた。
Ωなど「人もどき」。配慮するに値しない下等な存在だと見下していたのに、今ではケンシロウを前にあからさまにΩを卑下する発言をした自分に心が痛んでいたのだ。
「傷つけるようなことを言ったっていう自覚はあるんだ」
ケンシロウはアキトに微笑みかけながらそう言った。
ケンシロウはアキトのそんな心境の変化もまるで予想していたかのようにアキトを茶化したのだった。
「うっせぇ」
アキトは気まずさに、小学生レベルの捨て台詞でしかケンシロウに対抗出来なかった。
ケンシロウはアキトの何もかもを見透かしているように見える。今日、こうして彼を訪ねて来ることも織り込み済みだったような反応だ。
Ωを相手に「生粋のα」ともあろうアキトは完全に掌の上で転がされている。
今までのアキトならこの上ない不快感と悔しさに歯軋りしていたところだが、ケンシロウが相手だと不思議と嫌な感覚がしない。
「折角来たんだし、ゆっくりしていってよ」
ケンシロウの言葉に甘えて家に上げて貰う。
昨日は全く余裕がなかったので部屋の様子を観察することもなかったが、今日は割と落ち着いてケンシロウの住む六畳一間のこの小さな空間を隅々まで見ることが出来た。
部屋を見ているだけで、ケンシロウがどんな人間なのか、少しずつ垣間見えて来る。
アパートの外観は古くて汚らしいと思ったが、部屋の中は随分と小綺麗にしている。
最低限の家具しか置かれていないが、全てがきちんと整理され、掃除も行き届いている。
こんな特徴から察するに、ケンシロウは几帳面な性格らしい。
無駄な物が置かれていない所からは、彼が合理的な人間なのだろうと想像がつく。
壁に掛けられたカレンダーには予定が丁寧に書き込まれており、物事を計画的に進めたいタイプのようだ。
そんなことを考えながらケンシロウの部屋を見回していると、何だか面白い。
やっぱりΩとて
いや、むしろ、ケンシロウはその辺のαよりもひたむきに生きているような気がする。
部屋を観察するだけでは物足りなくなって来た。もっとケンシロウについて知りたい。アキトの胸にそんな欲求が込み上げて来た。
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