3.Side アキト ー魅かれゆく心と自己嫌悪ー
3-1 暗雲の立ち込め始めた将来
アキトは先週末訪れた新宿二丁目のバー
オカダは尊大な様子でアキトの前にドッカリと腰を下ろして言った。
「君の発言は、この
自分だってあんなにΩを相手にだらしなく鼻の下を伸ばしていた癖に偉そうに。
アキトはオカダの都合の良さに嫌悪感を覚えた。
まず「東帝大学の名誉」を持ち出して来る辺りが嫌らしい。
結局、オカダはアキトのあからさまなΩへの侮蔑発言を介して、指導教授である自分の評判が落ちることを一番に恐れているのだ。
決してアキトがΩという存在を侮辱したこと自体に怒っているのではないことくらい火を見るよりも明らかだった。
だが、指導教授であるオカダに反抗的な態度を取り、これ以上印象を悪くする訳にはいかなかったアキトは、ただ
一方のオカダはなかなか腹の虫が収まらないようで、グチグチとアキトに小言を言い続けた。
「まったく、私は君のせいでとんだ恥をかいてしまったよ。新宿二丁目の真ん中であんなことを口に出して言うなんて、一体君は何を考えているんだ?」
「申し訳ございませんでした……」
「そもそもだよ。皆が楽しくお酒を飲んでいる席で、一人仏頂面でつまらなそうにしているなんて、どういうつもりだ? 君のせいで、すっかり昨日の飲み会の空気は壊されてしまったのだからね」
「そ、それは……」
「そんなにΩの人たちに偏見があり、我々と二丁目を訪れたくないというのなら、もういい。君はもう二度と飲み会には誘わない」
「え?」
「君にはガッカリだよ。とんだ差別主義者だったとはね。そんな人間と一緒に酒を飲みに行くだなんて私はしたくないからね」
アキトはサッと血の気が引いた。
今後一切飲み会の場に誘われないというのは、すなわちこれ以上アキトの面倒を親身になって見る気がないと言っているのに等しい。
飲み会の場に誘われ、その席で指導教授の機嫌を取ってこそ、将来の就職先の
新宿二丁目での飲み会はどうしてもその場所に集うΩたちへの嫌悪感から避けてしまうが、そうでなければアキトは何をさておいてもオカダの誘いを積極的に受けて来た。
それら全てがなくなるというのは、アキトにとって危機的な状況だ。
アキトは必死に謝った。
「申し訳ございませんでした! しっかりと今回の発言については反省いたします。ですから……」
「ああ、もういいよ。君の顔を見ていると気分が悪い。出て行ってくれたまえ」
言い訳も訊いてもらえず、アキトはけんもほろろにオカダの研究室から追い出されたのだった。
アキトはすっかり
誰をもあっと言わせるほどの研究業績を上げられているのならば、指導教授の後ろ盾がなくとも何処かの大学にポストを得ることも出来ないことはないだろう。
だが、アキトは
その上にオカダにもそっぽを向かれたとなれば、完全にアキトの将来は詰んでいる。
これはどうしても、今度の学会誌に投稿する論文は成功させなければならない。
ここで業績を上げれば、オカダのアキトに対する評価も少しは変わるかもしれない。
アキトは自分の研究室に戻ると、研究論文の執筆のために、先行研究の論文を読み込み始めた。
だが、今日はどうも調子が出ない。内容が頭に入って来ない。邪念が研究の邪魔をする。
「ああ、もう今日はダメだ」
アキトは論文の束を投げ捨てた。
「俺ってば、何でこんなに頑張って研究者になろうとしているんだろうな……」
アキトは呟いた。
その答えはどうしても自分では導き出すことが出来なかった。
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