2-5 不快なα

 ケンシロウが自分のこれまでの人生を振り返りながら酒を煽っていると、店の中で一際やかましくどんちゃん騒ぎをしていた一向の中の一人が声を掛けて来た。

「今夜は一人なのかい?」

 ケンシロウはその男をチラリと見やった。


 なかなかの男前なおっさんだ。年の頃からいって四十代前半といったところか。

 この自信ありげな面構えを見ればすぐにわかる。既婚者のαだ。それも、社会的地位がなかなかに高い。

 これまで幾人ものΩたちを引っ掛けて来たのだろう。

 そのみなぎる自信と男前な顔つきにコロッと騙されるΩは後を絶たないはずだ。


 だが、ケンシロウは知っている。

 こういう男は危険だ。

 遊ぶだけ遊んで若いΩを振り回し、最後は冷徹に切り捨てる。

 プライドが滅法高く、Ωと番になったとて、その番の人生を引き受けることなど絶対にない。

 Ωと番になったことすらなかったことにし、外では清廉潔白せいれんけっぱくさを装い、家族にも新宿二丁目で夜な夜な遊び歩いていることなど秘密にしているタイプだ。


 まあ、でも今はこんな男などどうでもいい。もうケンシロウは番が成立した身だ。

「まあ、そうだけど」

 ケンシロウの態度があまりに素っ気ないので、その男は逆に心に火がついたらしい。ケンシロウを落とそうと、嫌らしく肩に腕を回して来た。

「今夜一晩どうだい? 楽しいことしてあげるよ?」

「ふうん。別に興味ないからいらない」

「つれないなぁ。これでも私は東帝大学の若きホープなんだ。最年少にして教授のポストを手に入れたのだからね」

 この男の自慢げな一言にケンシロウはあからさまな不快感を覚えた。


 ふんっ。何が東帝大学の若きホープだ。

 この男にとっては自分のそんな肩書が何よりも大切なのだろう。

 結局こういうやつは自分が可愛いだけだ。

 若いΩにいくら「君、可愛いね」などと甘い言葉をかけようが。


「ごめんね。オレ、もう人のモノなんだ」

 ケンシロウはそう言って、自分のうなじについ先程ついた噛み痕を見せつけた。

 男が小さく舌打ちしたのがわかった。

 だがそんな舌打ちをケンシロウに訊かれていたとは露知らず、愛想よくその男は彼に笑いかけてみせた。

「そうだったのか。それは残念。君みたいな可愛い子を幸せにしてあげたかったよ」

 男はそう言い残して、ケンシロウの元から去って行った。


「何が幸せにしてやるだよ。鬱陶しいおっさんだな」

 ケンシロウはそう呟いて、グラスに残った酒を一気に飲み干した。

 だから、こういうαは嫌いだ。何でも自分が上に立ったつもりになっている。ただ自分がαに生まれついたというだけで、勝手に偉くなった気になって。

 Ωに対しても上から目線で「幸せにしてやる」「守ってやる」などと臆面もなく言って来る。


 でも、ケンシロウはそんな言葉を気安く吐くαを信用しない。

 ケンシロウは今までの人生、αに助けられたことなど、守られたことなど一度もなかった。

 そもそも自分の人生は自分で歩むものだ。

 αの思い通りにか弱い存在で居続けるなどまっぴらごめんだ。

 逆に番になったαをコントロールして、自分が自分の人生を生きるための道具にしてやるんだ。


「ママ、そろそろオレ、帰るよ。お会計、よろしく」

 ケンシロウは立ち上がると、他の客の接客をしていたエツコに声を掛けた。

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