2-4 見つけた運命の番

 そんなある夜のことだ。

 いつものように売り専ボーイの仕事に出るため、新宿二丁目を歩いていたケンシロウは、二丁目一の規模を誇るクルージングスポットGentlemanジェントルマンの前にたたずむ一人の若い男の姿を目に留めた。 

 その男は所在なさげに辺りをキョロキョロと見渡し、非常に居心地が悪そうにしている。

 髪は降りしきる雨に濡れ、随分とやつれた印象だ。

 だがそこはかとなく育ちの良さを感じさせる雰囲気に、彼はαに違いないだろうとケンシロウは思った。


 たまにいるのだ。会社の付き合いなどで、上司に無理矢理二丁目に連れて来られるαが。

 彼らの多くはΩの存在を毛嫌いしている。

 当然二丁目で遊んだことなど一度もなく、不慣れな様子でオロオロしているのだ。


 こういう男はもろの剣だ。

 Ωへの嫌悪感のあまり、けんもほろろに追い返されることが多い。

 しかし、根っからの真面目人間で純粋な者が多く、上手く転がせば最高の番に出来る可能性も遊び人のαよりよっぽど高い。


 ケンシロウは暫くその男を観察してみた。


 顔は綺麗だ。高身長でスタイルもよく、切れ長の目が美しい。だが、何処か完全には洗練されておらず、見た目にも気を遣っている様子がない。

 まさに「残念なイケメン」といった表現が最も彼の容姿を的確に描写しているだろう。


 あれではαの女には見向きもされないだろう。

 αの女というのは往々にしてプライドが高く、そんじゅそこらのα男には振り向きもしない。

 ある程度の社会的地位と金、そして見た目が揃っていなければ、決してα女の結婚相手になどなりようがないのだ。


 これはイケるかもしれない。

 もし、拒絶されるのならば、された時のことだ。何も失うものはない。

 ケンシロウは発情促進剤を一錠飲み込み、その男に向かって一直線に駆け出した。 

 そして彼の手を取り、手っ取り早く身体を重ねるためにGentlemanに飛び込んだのだった。


 その瞬間だ。

 ケンシロウの全身を今まで感じたことのない衝撃が貫いた。

 強烈に性欲が高まり、全身がカッと熱くなる。

 大量のフェロモンが体内から分泌され、自分でもむせ返りそうだ。

 これはただ事ではない。いくら発情促進剤を服用したとて、ここまで強い感覚を味わうのは初めてだった。


 ケンシロウは思い当たった。

 こいつこそ、オレにとっての運命の番だ。


 それなら好都合だ。

 こんな純朴そうな青年など、運命の番である自分から逃れることなど出来ないだろう。

 今現在、どれだけこの男がΩという存在を軽蔑していようが、関係ない。

 運命の番の呪縛は、普段簡単に番など切り捨ててしまうαとて抗いようのないものだ。


 果たして、その男は理性のタガが外れたようにケンシロウに襲い掛かって来た。

 まだベッドルームまで案内すらしていないのに、ロッカールームで我を失い、ケンシロウの身体をむさぼり始める。


 かかった。

 ケンシロウはほくそ笑み、こっそりと首輪を外した。

 コンドームもわざと手渡さなかった。

 これで番が成立し、子どもを身籠れば、この男は完全にケンシロウのものになるのだ。 

 もし逃げ出そうとするようなことがあれば、番となったΩと子どもを置いて逃げ出した無責任なαとして告発してやると脅せば一発だろう。


 ケンシロウが首輪を外すや、男は夢中でうなじに噛みついて来た。

 熱い感覚がうなじから全身へと広がっていく。

 もう、これでオレはオレの人生を生きられる。誰にも見下させはしない。

 ケンシロウはこみ上げる笑いを抑えるのに必死だった。


 しかし、間もなくGentlemanのスタッフが二人を引き剥がしにかかった。

 後もう少しで相手が自分の中に射精をするところだったのに。

 発情中にαの精子を受けることで確実に子どもをごもることが出来たのに、その直前に邪魔が入ったのは口惜しい。

 だが、最低限の仕事は完遂した。

 自分のうなじには今、この男が残した歯形がくっきりと残っている。番の成立だ。


 スタッフは施設の利用規約を破って首輪を外し、コンドームをつけなかった二人を叱責した。

 だが、ケンシロウにとってそんなものはどうでもよかった。

 チラリと男の方を見ると、茫然としてブルブル震えている。

 我を失って見ず知らずのΩを襲い、番になってしまったことに恐れをなしているのだろう。

 今はまだこの男が自分と向き合うには早いようだ。

 ならば、連絡先だけこっそり渡しておこう。そのうち、運命の番であるケンシロウが恋しくて仕方なくなるはずだ。

 ケンシロウは忍び持ち歩いていた自分の連絡先の記されたメモ用紙をそっと彼の鞄の中に差し込んだ。

 男は身震いをし、次の瞬間、Gentlemanから一目散に駆け出して行ったのだった。

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