6-3 父の働く病院で

 慌ただしく医者や看護師が駆けつけ、ケンシロウは救急車を下ろされて処置室の中へと運び込まれていく。

 アキトもいくらサダオの働く病院だからといって、その場でただ指をくわえて突っ立っている訳にはいかなかった。

 ケンシロウを一人置いて、ここで帰るなんて有り得ない。


 アキトもケンシロウの後を追って病院の中に駆け込んだ。


 まずは救急受付を済ませるようにスタッフから指示を受ける。


「患者さんのご家族の方ですか?」

 そう尋ねられたアキトは一瞬どう答えたらいいのかと思案した。アキトにとってケンシロウは家族ではない。家族より大切な存在であっても。

 この場合、どう答えたらいいのだろうか。

「ご友人の方ですか?」

 なかなか質問に答えないアキトを催促するように、病院のスタッフが彼に質問を畳みかけた。

「俺はあいつの運命の番です」

 アキトはとっにありのままの関係を答えた。


 スタッフはそんなアキトの内情など一顧だにすることなく、質問を矢継ぎ早に続けた。

「ご結婚は?」

「いえ、まだです」

「では、患者さんの恋人ということでよろしいですね?」

「はい……」

 アキトはそれから、診療申込書に必要事項を書き込み、指示されるまま待合室のベンチの上に腰を下ろした。


 一人、待合室でケンシロウの処置が終わるのを待っていると、いろいろなことが頭の中を駆け巡った。

 診療申込書にアキトは「ニカイドウ・アキト」という自分の本名を書き込んでしまった。自分の家の住所もだ。

 そこからサダオまで連絡がいくのだろうか?

 もし、サダオにこの病院にいることがバレただらどう説明すればよいのだろう。ケンシロウのことも全て知られてしまうのだろうか。


 いや、この病院でサダオが働いているといっても、緊急医としてではなく脳神経外科医としてだ。

 大きな総合病院であるし、脳に異常がなければ主治医も違うだろうし、一切知られることなく病院を出られるだろう。

 そもそも、ケンシロウは腹痛に襲われていたのだから、脳など関係ないはず……。


 だが、そんなことなど今はどうでもいい。何よりも、ケンシロウが無事だったという報告が訊きたい。

 サダオとのことはその後で十分だ。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 アキトの元にやっとケンシロウの治療を担当した医師がやって来た。

「マナベ・ケンシロウさんの関係者の方ですね?」

 ケンシロウはどうなったのだろう。

 アキトは不安と緊張から今にも心臓が口から飛び出しそうになりながら立ち上がった。

「はい」

 医師の表情は何処か固い。

 もしや……。

 アキトの脳裏に最悪の事態がよぎる。

 しかし、

「マナベさんの容体は安定しています。命に別状はありません」

という医師の言葉を訊いた瞬間、アキトはほっとしてその場に崩れ落ちそうになった。


 だが、医師の表情は依然として固い。何か深刻な病気でも発覚したのだろうか。

 アキトの胸に再び不安が込み上げて来た。

「CT検査を実施した結果、子宮が痙攣を起こし、異常に収縮していることが判明しました。この症状なのですが……」

 医師は何やら言い出しにくげな様子だ。

「発情促進剤を長期に渡って大量に服用していたΩの患者さんに典型的な副作用なんです」

 発情促進剤。その言葉にアキトは凍り付いた。

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