6-2 緊急事態
だが、努力は実を結ぶものだ。
締め切り当日に何とかアキトは論文を仕上げ、提出に漕ぎ着けたのだった。
これで暫くは研究から離れて、ケンシロウのそばでゆっくりしよう。
アキトは大仕事を終えた達成感と、ケンシロウの元でこれから過ごすであろう楽しい時間を想像する高揚感でいつになくウキウキしていた。
ここ最近、忙しさにかまけてあまりケンシロウを構ってやれなかった。今日こそたっぷりと可愛がってやらなくては。
いつものようにケンシロウのアパートを訪れる。だが、呼び鈴を鳴らしても誰も出て来ない。
バイトにでも行っているのだろうか?
この時間にシフトなど入っていなかったはずだが……。
アキトは玄関のドアの取手を回してみた。不用心なことに鍵は掛かっておらず、すんなりとドアは開いた。
中に入ってみると、電気一つついておらず真っ暗だ。
「おーい、ケンシロウ。入るぞ」
この先の暗闇の空間にいるかどうかもわからないケンシロウに向かって声を掛け、アキトは靴を脱いで部屋に上がった。
奥まで手探りで歩いて行くと、居間の入り口にある電気のスイッチを入れた。一気に部屋の中が明るくなる。
と、目の前のテーブルの上に腹を抱えてうずくまるケンシロウの姿があったのだった。
「ケンシロウ!」
アキトは彼の元に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
ケンシロウは腹を抱えたまま、うんうん苦しそうに唸っている。アキトの顔からサッと血の気が引いた。
アキトがケンシロウを抱き起すが、彼は顔を上げるのもしんどそうだ。
「ご、ごめん、アキト。でも、オレは大丈夫だから……」
ケンシロウは声を絞り出してそう言ったが、何処から見ても大丈夫そうには見えない。顔には生気がなく、唇も紫色をしている。このまま放っておく訳にはいかない。
「ちょっと待ってろ。救急車呼ぶから」
「あ、ちょっと待って……」
ケンシロウはアキトを止めようとした。救急車を呼ぶなど大袈裟だとでも言いたいのだろうか。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。アキトはケンシロウを無視して急いで救急に電話をかけた。
それから暫くして、救急隊員が到着し、ケンシロウは担架に乗せられて病院に運び込まれた。アキトもケンシロウと一緒に救急車に乗り込み、彼のそばに寄り添う。
「あ、あのさ。病院なんて行かなくたって……。お金もかかるしさ……」
救急車で運ばれながらも、ケンシロウは病院に行くのを躊躇っている。
「バカ! 金くらい俺が負担してやるし、これ以上ケンシロウの身体が悪くなるのを黙って見ていられるか!」
アキトは思わずそんなケンシロウを怒鳴った。
ケンシロウは驚いたようにアキトを見上げていたが、小さく頷いた。
「ごめん、アキト」
「謝るなよ。お前に何かあったら、俺は平気ではいられないんだから」
アキトは祈るような気持ちでケンシロウの手をギュッと握った。
怖い。このままケンシロウがどうかなってしまったら。自分がただ一人残されてしまったら。
何とかケンシロウを自分が助けてやりたい。そうしなければ、この大切なやつを失ってしまいかねない。
でも、今のケンシロウに出来ることなどたかが知れていた。病院までこうして付き添い、手を握るくらいしか、自分には出来ることがないのだ。
アキトはこの時ほど、医学部への進学を諦めた過去の自分を恨んだことはなかった。
大切なケンシロウが苦しんでいるにも関わらず、何もしてやれない不甲斐なさにぶつけようのない悔しさが募る。
救急車は夜の街を疾走し、とうとう病院に到着した。
その病院を確認した瞬間、アキトは一瞬外に降りるのを躊躇した。そこは、父サダオの働く病院だったのだ。
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