6-4 罪を被る

 発情促進剤の使用は法律で禁じられている。Ωの身体に多大な悪影響を及ぼすことが知られているためだ。

 このように子宮が異常に収縮し、激痛を伴うことはその症状の一つとしてよく知られている。

 他には発情期の周期が狂うこともあると言われる。

 性行為の本番に及ぶと、腹部に痛みを覚えることも。

 ケンシロウに発情期が一か月以上来ていないのも、出会った時以来本番の行為をずっと拒否し続けているのも、これで説明がつく。


 だが更に深刻なのが、この発情促進剤を使用してαを焚き付け、番を成立させた場合だ。

 これはフェロモンレイプという罪に問われ、実際にその行為に手を染めたΩは刑務所に入れられる。

 もし、ここで下手なことを言えば、ケンシロウは警察に通報されてしまう。


 そんなことになるならば、自分が犠牲になる方がまだマシだとアキトは思った。

 αがΩに発情促進剤を飲ませていた場合、違法ではあるが罪に問われず揉み消されてしまう場合がほとんどなのだ。

 警察に通報されたとしても、罰金程度の罪で済む場合が多い。

 実に不公平な処遇だが、この社会ではそんなことがまかり通っている。


 前科がつくのなら、自分でいい。

 この罪を揉み消すことの出来る程、アキトには社会的地位も金もない。

 例え罰金で済まず刑務所行きになったとしても、ケンシロウのためなら罪を被る覚悟ならある。


「俺があいつに飲ませました」

 アキトはそう医師に告げた。

 医師の目が丸くなる。

「あなたが?」

「はい。俺があいつのことが好きで、我慢出来ずに飲ませてしまったんです」

「……そうでしたか……」

「俺がどんな処分でも受けます。ですから、警察に通報するなら、どうぞ」

 

 カッコよく決めたはずだった。覚悟も決めたはずだった。

 だが、いざ自分の口から罪を告白する段になると怖くて膝がガクガク震え、冷や汗が身体中から噴き出す。

 でもここで動揺しているのを勘付かれ、嘘をついていることがバレる訳にはいかない。アキトは震える声を抑えながら、必死に平静を装い続けた。


 医師はアキトの告白に難しい顔をして黙り込んでしまった。


 その時だ。

「アキト! お前、一体、こんな所で何をしているんだ」

 そう向こうから声を掛けられ、振り返ると、サダオがこちらへ歩いて来るではないか。


「あ、あのう、ニカイドウ先生はこの方の……?」

 ケンシロウの治療を担当した医師が戸惑った顔をしてアキトとサダオを見比べた。

「これは私のせがれだが?」

「む、息子さんですか!?」

 医師が頓狂な声を上げた。


 最悪のタイミングでのサダオの登場だ。

 しかしアキトに迷っている暇は与えられていなかった。


 もうこうなったら、全てが明らかにするしかない。

 親子の縁が切られてもいい。それでも俺はケンシロウを守りたい。


 アキトはそんな覚悟を決めて、サダオに向かい合った。

「父さん。俺、一つあなたにずっと隠していたことがあるんです」

 アキトはサダオに向かって静かに話し始めた。

「俺が今、ここにいるのは、俺が運命の番になったΩのためなんです」

「お、Ωと運命の番になっただと!?」

 サダオが目を見開いた。


 一瞬アキトは怯んだが、落ち着けと自分に言い訊かせる。

 ケンシロウを助けるためにも、彼の犯した罪も全て被って、サダオに全てを打ち明けるしかないのだ。


 アキトはもう一度覚悟を決めた。

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