16-6 三人揃って川の字で
その夜、マサヒロ、ケンシロウ、アキトの順に川の字を作って布団を敷き、三人は「家族」として水入らずの時を過ごした。
右にマサヒロ、左にアキトの息遣いを感じながら寝ていると、何とも不思議な感覚がして来る。
思い返せば、こうして家族で一緒に寝たことなど、ケンシロウの子ども時代には一度もなかった。
ケンシロウを一人前の「生粋のα」として育てることにこだわった両親は、「独立心を育むため」という理由で、幼い頃から彼に独立した子ども部屋を与え、そこで一人で寝起きをさせて来た。
無論、兄であるマサヒロとこうして隣同士で眠るというのもこれが初めての経験だ。
「ケンシロウ、起きてる?」
寝たと思っていたマサヒロが不意にケンシロウの名を呼んだ。
「うん、起きてるよ。どうしたの?」
「覚えてる? 僕たちがまだ小学生だった頃、僕が同級生にいじめられていた時のこと。あれはちょうど僕の学年が性別検査を受けた直後のことだった。お前みたいな鈍くさいやつがαだなんて何かの間違いだろうって皆に後ろ指を指されてさ。お前なんか落ちこぼれのαだって囃し立てられて」
「ああ、そんなことがあったかもしれないね」
そんなことがあったような微かな記憶があるが、はっきりと覚えていなかったケンシロウは曖昧な返事を返した。
その当時はマサヒロがαであったことに両親は沸き立ち、次こそはケンシロウがαの検査結果を持ち帰るであろうという期待に胸を膨らませていた。
圧迫感を覚える程の過度な期待の高まりにケンシロウは息苦しさを覚えながらも、勉強にスポーツにと忙しい毎日を送っていた。
だから、マサヒロがいじめられていた時のこともぼんやりとした記憶でしか残っていなかったのだ。
「そんな時にね、ケンシロウが僕がいじめられている現場を通りかかったんだ。僕は恥ずかしかった。弟の前で無様にいじめられて泣いている姿なんか見られたくなかった。ただでさえ、家でも親からお前はケンシロウに比べてだめだってずっと言われて来て、兄としての面目がないと思っていたのに」
マサヒロは続けた。
「僕は恥ずかしくてその場を逃げ出したかった。でも、同級生たちはケンシロウを見つけて、お前の兄ちゃんがいじめられてカッコ悪いだろって大騒ぎしてさ。逃げるに逃げられなくなってしまって。もうおしまいだと思った。でも、その時だよ。ケンシロウが上級生のやつらに向かって、いじめをする方がカッコ悪いって言い切ったんだ」
「え、オレそんなこと言ったかな?」
「なんだ、覚えてないのか。でも、そのおかげで僕は救われたんだ。それから僕に対するいじめはなくなった。僕はそれまでずっとケンシロウに対する劣等感しか抱いていなかったけど、その時初めてケンシロウが弟でよかったと思った。ありがとうね、ケンシロウ」
ケンシロウにとってそんな過去の些細な話は記憶からも消えてしまっていたのだが、いざマサヒロに感謝されると何ともくすぐったい。
夜で部屋の電気も消え、真っ暗であったことが助かった。
今明かりをつければ、りんごのように赤く顔を染めたケンシロウの恥ずかし気な顔が丸見えになってしまうことだろう。
「へぇ、ケンシロウって、小学生の時からしっかりしていたんだな。さっすが、俺の嫁だ」
いつの間に起きていたのか、左からアキトがケンシロウの布団に入って来て、彼の身体をギュッと抱き締めた。
「アキト、訊いていたの?」
非難を込めてアキトにそう問うと、アキトはそっとケンシロウの顔に手を触れた。
「あ、ケンシロウ顔が熱いぞ。もしかして今のマサヒロ君の話で恥ずかしくなっちゃった?」
せっかく夜の闇で照れ臭がっているのを隠せていたのにアキトも人が悪い。
「ケンシロウ顔真っ赤にしてるの? ちょっと触らせてよ」
今度は右側からマサヒロがケンシロウの布団に入って来て、ケンシロウの頬を触れた。
「あはは。本当だ。熱くなってる。かっわいい!」
マサヒロは嬉しそうにそう言うと、ケンシロウに抱き着いて来た。
「あ、ちょっと。やめろって。暑いってば!」
ケンシロウはバタバタ暴れたが、アキトとマサヒロに抑え込まれ、逃げ出せなくなってしまった。
右からマサヒロ、左からアキトに抱き着かれ、恋人と兄からの愛を一身に受けてケンシロウは一夜を過ごすことになったのだった。
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