14-4 他人事と思えない

 アキトの両親がαであることを鼻にかけ、ニカイドウ家の社会的評判を高めるためだけに息子のアキトを利用して来たこと。

 父サダオは自分の後を継いで医師になることをアキトに求め、母サチも彼に英才教育を施したが、アキトは両親の期待に応えることは出来なかったこと。

 国内での最高学府である東帝大学で研究者になることで、両親の失望を挽回しようとしたが、結局うまくいかなかったこと。

 

 アキトの身の上話にマサヒロはじっと耳を傾けていた。そしてポツリと呟いた。

「何から何まで同じだ……」

 アキトは頷いた。

「でしょ? 俺もマサヒロ君の話を訊いていて、他人事だと思えなかった」

「αとして生まれて来たことが本当に苦しかった……。最初は生粋のαじゃなかったことで両親からはゴミのように扱われ、ケンシロウに全ての期待が寄せられていた。でも、ケンシロウがΩとわかった途端、その期待を僕が全部背負うことになって……。でも、僕は両親の期待に添えるような才能なんてないのに」

「それでも親の期待に応えようと必死で努力したんだよね?」

「はい。それまでずっと両親から構って貰えなかったのが、いきなり状況が百八十度変わって。両親に冷たい目を向けられ続けることが本当に辛かったから、もう二度とあんな思いはしたくなくて頑張りました。でも結局、落ちこぼれた僕は大学を留年して両親を再び失望させてしまったのですが……」

 マサヒロは悔しさと切なさの混ざる表情を湛えた。その表情にアキトまで胸が苦しくなる。


「そうか……。でもマサヒロ君はずっとケンシロウのことを思って、三年間も探し続けたんだろ? マサヒロ君は本当に優しい兄貴だと思うよ」

 慰めにもならない慰めだろうが、アキトは何とかマサヒロを元気付けようとした。

 するとマサヒロは首を大きく横に振った。

「僕なんか全然いい兄ではありません。幼かった頃は、ケンシロウばかり両親に可愛がられるのを見て、ずっと弟が恨めしかった。いつもいつもケンシロウと比べられて、僕の能力が低いと叱られて。でも、ケンシロウがΩであるとわかった瞬間、立場が逆転した。それを僕は爽快に感じました。弟にずっと嫉妬して生きて来たようなこんな僕、兄として失格なんです……」

「それは仕方がないよ。そんな風に君に思わせてしまったご両親が悪い。君のせいじゃない」

「そんなことは……」

「じゃあ、そんなにケンシロウのことが嫌いなら、何で三年間もあいつを探し続けたんだ?」

 その問いにマサヒロは目を泳がせた。

 そんなマサヒロの目をじっとアキトが見据えていると、マサヒロはアキトの目をチラリと見て、それから気まずそうに目を逸らせた。


 だが、アキトの真剣な眼差しにマサヒロはそれ以上逃げることが出来ず、おずおずと口を開いた。

「ある時、ケンシロウが両親に無視されるようになり、その孤独にじっと一人で耐えている姿を見た時に僕はふと気が付いたんです。ああ、ケンシロウは昔の僕と同じ感覚を味わっているんだなって。どれだけ辛い思いをしているんだろうって」

 一度話し始めると、もうマサヒロは止まらなかった。捲し立てるように溢れる想いをアキトに語り続けた。

「いや、実際昔の僕よりもひどい扱いを受けていた。食事も満足に与えられず、病院にも連れて行って貰えず、高校では学費も出して貰えなかった。そこまでの扱いを僕は受けていない。それでもケンシロウは腐らずに前向きに頑張っていた。僕はただケンシロウを羨ましがっていただけだったから、そんなケンシロウの姿が本当に凄いと思ったんです」

「そっか。うん。俺もケンシロウと出会った時、同じこと思った。あいつはいつもひたむきに生きている。そんな姿が俺には眩しかった」

「アキトさんも?」

「うん」

 アキトが頷くと、マサヒロは少しはにかんだ笑みを浮かべた。

 そのはにかみを見ただけでもわかる。マサヒロは本当にケンシロウが好きなのだ。

 そんな大好きなケンシロウに対する想いをアキトと共有出来たことが今とても嬉しいのだろう。

 しかしすぐにマサヒロの表情は曇った。

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