8-4 お互いさま
ケンシロウは額を両手で抑えながら膨れっ面をしてアキトを睨み付けた。
「いってぇなぁ。何すんだよ!」
いつもの調子が戻って来た。アキトはそんなケンシロウの普段通りの姿に少しだけ胸を撫で下ろすことが出来た。
「確かに俺はお前を助けようと思って、俺がお前に発情促進剤を飲ませたことにしたよ。でもな、俺の親を侮って貰っちゃ困るよ。あの病院で脳神経外科部長をしているのが俺の親父だ。あんなプライドの高い親父が、みすみす息子の俺を犯罪者に仕立て上げるはずがないだろう? その辺はうまく誤魔化したらしいぜ」
「それはそうかもしれないけど、でも、オレがお前のそばにいたらまた迷惑をかけるかもしれない」
「迷惑なら俺もケンシロウにかけてる。お前の運命の番でいることに自信がなくなって、突然お前の家に行けなくなった。あの時はケンシロウにあんなに心配をかけるなんて思ってもいなかったよ。そのせいでケンシロウがオカダ先生に襲われかけたり、お前には迷惑をかけ通しだ」
「それは……」
「そもそも、俺はケンシロウをΩだってだけで、最初は同じ人間だとも思っていなかったんだ。そのせいでお前に何度もひどいことも言った」
「それならオレも一緒だ! オレは最初、アキトをただ自分のために利用するためだけに近付いたんだ。お前にはお前の人生があるのに、そんなこと考えてもいなかった。αなんて番になって、オレがこの社会で生きやすくするための道具にしてやる、くらいにしか思っていなかったんだ」
アキトは思わず吹き出しそうになった。そもそも、あんな風にいきなりクルージングスポットで誘いをかけて来た時点で、そんな魂胆など見え見えだったのに。
結局互いに互いを「同じ人間」とも最初は考えていなかったのだ。
これぞお互い様というやつだ。
αとΩという性別の違いはあれど、考えていた内容がここまで酷似しているなんて、やはり運命の番というのはただの番ではなさそうだ。
「何がおかしいんだよ」
笑いを必死に堪えているアキトにケンシロウは口を尖らせた。
「いや。大体お前の考えていることなんて、俺はとっくに気付いていたからさ」
「な、なんだよ、それ」
ケンシロウは真っ赤になった。そんなケンシロウの反応がいちいち可愛い。
「で、今はどうなんだ? 今でも俺のことをただの道具だと思っているか?」
アキトの問いにケンシロウは首を横に振った。
「なら、もう問題ない。大事なのは過去より現在だろ?」
「でも……でも、オレは発情促進剤を飲み過ぎたせいで、アキトの子どもを身籠れないかもしれない。子どもの出来ないΩなんて利用価値がないって……」
アキトは顔をしかめた。
ケンシロウと同じようなセリフを数日前にサダオの口から訊いたことを思い出す。
あの親父、ケンシロウ本人にまでこんなことを言ったのか。
アキトの心に沸々と怒りが込み上げて来る。
「利用価値? ケンシロウは俺にとっても道具じゃない。お前は俺にとって大切な運命の番だ」
アキトは言葉に力を込めてそう言って、ケンシロウをもう一度強く抱き締めた。
「だけど、アキトの子どもを作れないかもしれないんだぞ。いいのか、それで?」
「子どもなんて出来ないなら出来なくてもいい。それよりも、俺はケンシロウを失う方がよっぽど辛いんだから」
「アキト……」
「俺はケンシロウのせいで自分の人生が滅茶苦茶になったなんて思わない。その真逆だよ。お前のおかげで俺は人生が豊かになった。人を愛するってことをお前を通じて学んだんだから」
アキトはケンシロウの頭を優しく撫でた。
「アキト……あきとぉ――!」
ケンシロウはアキトにしがみついて堰を切ったように大声で泣き出した。
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