15-3 自分の問題は自分で

 騒ぎを訊いていたマサヒロは、そっとアキトに告げた。

「アキトさん、すみません。アキトさんのご家族の話、訊いてしまいました」

「こちらこそすみません。こんな騒ぎになってしまって……」

「でも、アキトさんのご両親、僕の両親を思い出すなぁ。本当にそっくりだ」

 マサヒロはそう言ってクスクス笑った。

 思えばこれがアキトが見るマサヒロ初めて笑う姿だった。ずっとおどおどしていたのが、今では少し吹っ切れたように見える。

 マサヒロは言った。

「アキトさん。アキトさんが僕のために、ケンシロウと一緒に東京に来てくれるって気持ちは本当に嬉しいです。でも、それより前に、アキトさんは龍山荘の女将さんと一度ちゃんと話をしてあげてください」

「マサヒロ君……」

「僕、女将さんの気持ち、わかるんです。僕もいきなり離れ離れになってしまったケンシロウのことを思って探し続ける間、本当に精神的にキツかった。僕たちは兄弟で、それもたった三年間だけでもそうなんだ。でも、女将さんはアキトさんの実のお母さんで、二十七年間も離れ離れになっていたっていうじゃないですか。どれだけ女将さんは辛かったかと思うと、そんな簡単にここを辞めて僕のそばに来てくれなんて言えない」

 マサヒロはそう言って微笑んだ。その顔にはもう淋しさはなかった。

「僕なら大丈夫です。アキトさんの連絡先も貰ったし、もしケンシロウに何かあればまた連絡をくれるでしょう?」

「それはそうだけど……」

「もう以前とは違う。ケンシロウが何処で何をしているか、僕はわかっているし、兄弟の仲ならこれから少しずつやり直すことも出来る。でも今は、アキトさんがお母さんと向き合うことの方が大切です」

 マサヒロはそう言い残し、龍山荘を後にしようとした。

「あ、ちょっと待って! ケンシロウを呼んで来るから」

 慌てて奥の部屋に戻ろうとするアキトをマサヒロは止めた。

「いえ、お気遣いなく。ケンシロウにも少し考える時間が必要でしょうし、また来ますから」

 マサヒロはそう言って頭を下げると帰って行った。


「兄ちゃん……」

 その時、アキトの後ろでケンシロウのそんな呟く声が聞こえた。

 アキトが振り返ると、ケンシロウはじっとマサヒロの後ろ姿を見守っている。

「ケンシロウ?」

 アキトがケンシロウに声を掛けると、ケンシロウははっとした顔でアキトを見た。

「な、何でもない」

 ケンシロウは真っ赤になって逃げるようにその場から走り去った。


 ケンシロウもあんなに激しく反発しておきながら、マサヒロのことを完全に嫌っている訳ではないらしい。

 そんな一面が垣間見えて、アキトは少しホッとした。


 それよりも、ずっとアキトがアケミの実子であることをケンシロウが知っていたことに胸が痛んだ。

 そのせいで、ずっとケンシロウはここ最近悩んでいたのだ。

 優しいケンシロウのことだから、アケミの想いに寄り添おうと必死だったのだろう。

 だから、アキトが龍山荘から去ることに反対したのだ。

 またケンシロウに負担をかけてしまったな。


 アキトはケンシロウに申し訳なく思った。

 もうこの件でこれ以上ケンシロウを悩ますことはさせられない。

 まずは二人の母親。アケミとサチと、アキトは自分でじっくり話をする必要がある。

 アキトはまずアケミの元に向かった。

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