3-4 愛くるしい姿

 アキトの目の前に姿を現したのは、あの日、新宿二丁目のクルージングスポットGentlemanジェントルマンで出会ったあのΩ本人だった。

 こいつがこのマナベ・ケンシロというΩなのか。


 ドアを開けるなり、いきなり目の前に人が立っていたことに驚き、そいつは「わあ!」と叫び声を上げて尻餅をついた。

 そして、まじまじとアキトの顔を見上げたのだった。


 あの日出会ったのは夜であり、Gentlemanの中の照明も暗かったが、今は昼間でやつの顔をしっかりと確認することが出来た。

 昼間の光に照らされると、やつの色白の肌がより美しく輝くように見えた。

 髪はサラサラときめ細かくて柔らかく艶やかだ。

 目鼻立ちが非常に整っていて、唇は小ぶりで可憐にその赤色を主張している。

 指は細く繊細で、あまり強い力で握ればポッキリと折れてしまいそうだ。


 あまりの愛くるしい姿にアキトの顔は思わず上気してしまった。

 やつは最初こそ驚いた表情でアキトの顔を見上げていたが、すぐその愛らしい顔に満面の笑顔をその顔に浮かべた。

 その笑顔のなんと魅力的なことか。アキトの心臓が激しく鼓動する。


「来てくれたんだ。早く上がって!」

 やつはアキトにまとわりつくように彼の腕を取り、部屋の中へと連れ込んだ。

「お、お前……」

 アキトは何を話していいのかわからず、そんなやつにそう声をかけるのが精いっぱいだった。やつはニコニコしながらアキトの方を振り返った。

「オレ? オレはマナベ・ケンシロウ。その紙に書いてあっただろ?」

 やはりこの青年がマナベ・ケンシロウ本人で間違いないらしい。

「あ、ああ。そうだったな」


「お前の名前は?」

 愛くるしい顔に比して、言葉遣いは随分馴れ馴れしい。年上のアキトに向かっていきなり「お前」呼ばわりとは面食らう。

 だがケンシロウはΩなのだ。碌な教育すら受けて来なかったのだろうと思えば腹も立たない。

「俺はニカイドウ・アキトだ」

「アキトかぁ。アキト、これから末永くよろしくな!」

 アキトが名を名乗ると、ケンシロウはそう言って彼の手を握った。小さいケンシロウの手がアキトの手を優しく包み込む。柔らかくて温かくて気持ちのいい手の感触に、アキトはまたもやドキリとした。


「それで、アキトは何してる人? 今何歳? 独り暮らししてるの?」

 ケンシロウが矢継ぎ早にアキトに関する質問を繰り出した。

 アキトはすっかりケンシロウのペースに巻き込まれてしまい、返答もドギマギしてしまう。

「俺は大学院生だ。東帝大学で博士課程に在籍している。年齢は二十七歳。家は実家だ」

「へぇ。大学院生かぁ。頭がいいんだね!」

「いや、そういうわけでもない」


 頭がいいだなんて、こんなのただのお世辞に決まっている。Ωごときに大学院が何たるものか理解出来るはずもないだろう。

 だが、ケンシロウに屈託ない調子でそう褒められると、思わずアキトの心が躍る。


「そ、それで、お前はどうなんだよ? 俺はまだお前の自己紹介を訊いてない」

 アキトは本当は嬉しい心の内を気取けどられないよう、わざとぶっきらぼうにケンシロウに質問を返した。

「オレは二十歳になったばかりだ。今、新宿二丁目で売り専ボーイをしてる」

「売り専ボーイ?」

 訊き慣れないワードにピンと来ないアキトをケンシロウは笑った。

「あはは。アキトみたいな大学院でずっと勉強している人には無縁かなぁ。あのね、これ訊いて引かないでね? 売り専ボーイっていうのは、αのお兄さんたちにこの身体を抱かせてあげて、お金を貰ってるんだ」


 引くなと言われたが、アキトは正直引いてしまった。

 身体を売って生活している風俗ボーイとよりにもよって番になってしまうとは……。

 これは何があっても家族に知られる訳にはいかない。


 そんなアキトの心の内を読み取ったかのようにケンシロウはケタケタと笑い声を上げた。

「やっぱりドン引きしてる。仕方ないよね。だってこんな職業、普通の人なら就かないもの」

「そう思うんだったら、もっとまともな職を探せばいいじゃないか」

 アキトはケンシロウに内面を見透かされたようでどうも気まずく、ぶっきらぼうな返答になってしまう。

 そんなアキトに対し、ケンシロウはあっけらかんとした口調で答えた。

「だって、オレは高校中退して二丁目で働き始めたんだよ? 家族に捨てられたも同然でね。そんなオレが普通の仕事だけで一人で食っていくことなんか出来ないでしょ」

 屈託なく話す口調とは裏腹に、その語られた内容の重さにアキトは思わず黙ってしまった。

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