13-3 アキトのために
翌日、アキトが畑仕事に出たのを確認し、ケンシロウはアケミの元へこっそりと顔を出した。
「アケミさん、ちょっといい?」
「何? どうしたの?」
アケミは普段通りのニコニコした穏やかな笑顔を浮かべながらケンシロウの方を振り向いた。
「昨日の話なんだけど……」
「昨日の話?」
アケミはまるで昨日何も特別な話をしたこと自体忘れたように振舞う。
このままアケミにそれとなく尋ねても、きっと彼女は答えを誤魔化すだろう。ここは直球で訊いた方がよさそうだ。
ケンシロウは単刀直入に切り出した。
「アケミさんには運命の番だった人との間に生まれた子どもがいるよね?」
アケミの顔からそれまで湛えられていた穏やかな笑顔が消えた。
ケンシロウはそんなアケミの様子をじっと見ながら続けた。
「オレ、最初から思っていたんだ。この龍山荘でオレとアキトが働くようになった経緯があまりにもすんなりいきすぎているって。だって、オレたち、ここで働き始めるまでアケミさんの顔すら知らなかったのに。何で見ず知らずの人間を面接もなしに雇ったの?」
「何でって言われても……。こんな田舎で働きたいなんて奇特な人はなかなかいなくて。応募する人がいなくて困っていたのよ」
アケミは額に汗を浮かべながら、笑顔を作って事の核心をはぐらかすように答えた。
だが、ケンシロウは追及の手を緩めない。
「ニカイドウ・アキトという名前を訊いたから、じゃないの?」
「な、何言ってるのよ。そんな訳ないでしょう?」
アケミの声が上ずり、僅かに震え始めた。
「オレ、アケミさんに出会った時から、何かアキトに似たものをアケミさんに感じていたんだ。まるで親子のような……」
「やめて!」
そこでとうとうアケミは叫び声を上げた。耳を抑えてその場にしゃがみ込む。
「やめて……」
ケンシロウもアケミの前にしゃがみ込み、ぶるぶる震え出した彼女の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。オレ、誰にもこのこと言うつもりはないから。勿論、アキト本人にも」
ケンシロウがアケミを落ち着けるようにそう声を掛けると、アケミは顔を上げてケンシロウの顔をじっと見つめた。
「でも、オレは本当のことを知っておきたい。それはオレがアキトの運命の番ってこともあるけど、アケミさんのためでもあるんだ。アケミさん、アキトと一緒にいる時はいつも幸せそうだ。そんなアケミさんの幸せを守るためにも、オレも協力をしたい」
ケンシロウの言葉にアケミは不思議そうに尋ねた。
「ケンシロウ君……。でも、何であなたがわたしのためにそこまで?」
「アケミさんのためというのも勿論あるよ。アケミさんのおかげでオレはこうしてアキトと一緒に暮らすことが出来ている。でも、それ以上にそれがアキトの幸せでもあると思うから」
「アキト君の幸せ……」
「あいつはαの両親からずっとニカイドウ家の名誉を守るための駒としてしか見て来られなかった。本当に親に愛されたことなんかないとあいつは思ってるし、あいつの両親に会った時、オレも同じことを感じた。だけど、アケミさんはあいつのαの両親よりもずっとアキトの幸せを願ってあいつに愛情を注いでいるとオレは思う。あいつにとっても、アケミさんのそばにいることが一番幸せだとオレは思うんだ」
そう語るケンシロウの顔をアケミはただただじっと見つめているのだった。
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