7.Side ー身勝手なオレー

7-1 気にかかる身体の変化

 東帝とうてい大学まで押しかけてアキトの本心を訊き出すことに成功し、ケンシロウは心底胸を撫で下ろしていた。

 おおよその想像通り、アキトがケンシロウのアパートを訪れなくなった理由は、「Ωオメガ」という存在のリアルを初めて知ったことにあった。

 その激烈な内容に精神的ショックを受けてしまったのだった。

 無理もない。

 αアルファの両親に箱入り息子として育てられれば、Ωの存在など虫けらも同然に思えるだろう。


 でも、そんなΩも一人前の人間であることに変わりはない。αとの違いといえば、性別くらいのものだ。感情もあれば、一人一人違った個性をもち、必死に人生を生きている。

 だが、そんな事実が当たり前にあることも多くのαは知らずに暮らしているのだ。


 そんなアキトの心境をおもんぱかる余裕もなく、ただひたすらに不安感を駆り立てていたケンシロウだったが、今になって思えばその不安ゆえに東帝大学を訪れたのは無駄ではなかった。

 アキトの今までの人生も、今現在の人生も、そして未来に志向している人生も、全てを知ることが出来た。

 その上、アキトはやっとケンシロウを運命の番として完全に受け入れることが出来、二人は今度こそ完全に結ばれたのだ。


 しかし、ケンシロウには一つ手放しで喜べない事情があった。


 発情期が全く訪れなくなってしまったのだ。

 発情期など、苦しいだけだと言うΩもいるが、今のケンシロウにとっては由々しき事態だった。

 番が成立してから、Ωの発情期は番となった相手にのみ発動する。

 フェロモンの質も変化し、番の相手にのみ強く作用する香りを発するようになり、それによってその相手との間の愛情を確認し合うことが出来るのだ。

 だが、アキトと番が成立してからというもの、パタリと発情期が来なくなってしまった。

 アキトもそんなケンシロウの異変に気付いたらしく、それとなく遠回しで事情を尋ねて来るのだが、ケンシロウもどう答えたらいいのかわからなかった。


 それにもう一つ困った事情があった。

 アキトとの性行為を受け付けなくなってしまっていたのだ。

 正確に表現すると「本番」の行為が出来なくなってしまっていた。

 お尻の中にモノが侵入して来ると、お腹の中がシクシクと痛むのだ。こんなこと、今までに経験したことのない症状だった。

 最初はすぐに治るだろうと高を括っていたのだが、あまりにも治らない。

 アキトが自分をいくら求めて来ても、前戯だけで精一杯であることに、いつか彼に愛想を尽かされはしないかと次第に不安が増していく。

 幸い、最近はアキトの方も論文の執筆で忙しいらしく、悪戯に身体を求められることはなかった。


 アキトが忙しくしている間に、一度エツコに相談しようと、彼が家に帰った後、ケンシロウは久々に新宿二丁目を訪れた。

「あら、ケンちゃん、ここに来るのも久しぶりね。運命の番くんとは順調かしら?」

 いつものように優しく迎えてくれるエツコにケンシロウは少し安堵の念を覚えた。

「うん。久しぶりだね、エツコママ。実はね、そのことで相談があって……」

「相談? 何かしら?」

「オレ、ここんとこ、発情期が全然来なくなってしまって。それに、エッチを受け付けないんだ。お腹が痛くなっちゃってさ」

 それまで上機嫌でグラスを拭いていたエツコの手が止まった。

「それ、本当なの?」

 エツコはえらく深刻な表情でケンシロウに尋ねた。

「うん、本当だけど……。オレ、どっか悪いのかな?」

「あんた、発情促進剤飲んでいたでしょ」

 エツコが声を潜めてケンシロウに言った。


 発情促進剤。

 その言葉を訊いた瞬間、ケンシロウもピンと来た。

 発情促進剤の副作用に今の自分の症状がピッタリ合致することに。


 副作用があるとは知っていた。

 だが、そんなことよりも番を得ることに必死で、自分もその副作用に苦しめられることになるかもしれないという可能性すら、まともに考えたことすらなかったのだった。

 しかし、いざ自分の身に降りかかって来ると不安で胸が押しつぶされそうになる。

 ケンシロウは助けを求めるようにエツコに縋りついた。

「お、オレ……」

「シッ! この話はここでしちゃだめ。ちょっと、こっちにいらっしゃい」

 エツコは周囲を見ながら強くケンシロウを注意した。そして彼女はケンシロウを案内してカウンターの奥にいざなった。

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