14-2 弟を訪ねて三年間

 アキトが東京から戻ったその日にマサヒロは龍山荘を訪ねて来た。

 何処か頼りなさげでひょろっと細身で背の高いその青年は、弟であるケンシロウにけんもほろろに追い返されそうになり、必死で彼に追いすがっていた。

 アキト自身、ケンシロウから彼の家族について訊かされてはいたが、その内の誰かに実際に会うのはこれが初めてであった。

 ケンシロウと家族との確執も知っていたが、あまりにも激しくマサヒロを拒絶する様子にアキトは弱冠、こんな田舎までケンシロウを探してわざわざ足を運んだ彼の兄に対して気の毒に思った。

 結局、ケンシロウはマサヒロと顔も合わせようとはせず、部屋に帰ってしまったのだった。


「すみません。いきなり押しかけたばかりに、こんな騒ぎを起こしてしまって……」

 マサヒロは平身低頭アキトと女将のアケミに頭を下げた。

「いえ、いいんですよ。ちょっとびっくりしましたがね。ケンシロウはもうお兄さんも含めて、家族とは連絡も取り合っていないと言ってましたから」

 アキトがそう答えると、マサヒロはがっくりとうなれた。

「ケンシロウが怒るのも仕方ありません。僕は弟に嫌われて当然だと思っていますから……」

「そんなことないわよ。わざわざこんな田舎の山村までケンシロウ君を探して来てくれるなんて、優しいお兄さんだと思うわ」

 アケミが穏やかにマサヒロを慰めた。

「そんな。優しいだなんて」

 マサヒロは顔を赤くして手をぶんぶんと横に振った。


「僕はケンシロウの兄として失格なんです。ケンシロウが両親からネグレクトされている時も、僕は弟のために何もしてやれなかった。高校を中退に追い込まれて家出した時、僕は大学に通うために一人暮らしをしていて止めることも出来なかった。夏休みに家に帰ったら、両親からケンシロウが出て行ったと訊かされたんです」

「そうだったんですか……。じゃあ、それからずっとケンシロウを探して?」

 アキトの問いにマサヒロは頷いた。

「はい。何とかケンシロウを見つけて連れ戻したいと思った。高校すらまともに通うことが出来ていないなんて、あんまりだと思って。でも、両親共にケンシロウが何処に行ったか興味すらなくて、探そうにも何処を探したらいいのかすらわからなかった。三年間、ケンシロウを探し続けて、やっと龍山荘という民宿で働いていることを知り、こうして伺ったんです」


 アキトはマサヒロの話を訊きながら、ケンシロウが羨ましいと思った。

 アキトの両親は、アキトのことをただのニカイドウ家の名誉を父サダオから引き継ぐ後継者としてしか見ていなかった。

 手放しでアキトを想い、心を寄せてくれる家族など、アキトにはいないのだ。


 マサヒロは続けた。

「でも、結局ケンシロウを見つけ出すのにこんなに時間がかかってしまって。ケンシロウが僕を許してくれないのも仕方がない。今はアキトさんと幸せに暮らしているんですよね?」

「はい。まあ、ぼちぼち仲良くやってます」

「良かった。じゃあ僕が二人の間に波風を立てるようなことをするべきではないですね。一度、ケンシロウの顔を見たかったという望みが叶いました。なので、もう僕はおいとまします」

 マサヒロは深く頭を下げると、龍山荘を出て行こうとした。


「ちょっと待って!」

 とっにアキトは叫んだ。

「アケミさん、今夜、客室空きありますよね?」

 アケミに確認を取ると、彼女はニッコリと微笑んで頷いた。

「よかった。なら、一晩ここに泊まっていきませんか? せっかくこんな所まで来てくれたんだし」

 アキトがそう言うと、マサヒロは恐縮して首を横に振った。

「そんな。ご迷惑をかけますし……」

「何言ってるんですか。マサヒロさんが泊まってくれることで空き室も埋まりますし、うちにとっては有難いお客さんなんですよ。俺ももっとマサヒロさんと話してみたいし。これは俺からのお願いでもあるんです」

 今度はアキトがマサヒロに向かって深く頭を下げた。


 マサヒロは困ったような顔をしてオロオロしていたが、最終的に首を縦に振った。

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