19-5 調子のいい愛しいやつと
ケンシロウが出産を終えた翌日、アキトは息子のためにあかちゃん用の洋服を買いに出た。
男の子用の玩具も見て回り、忙しく病院と龍山荘を行き来する。
アケミも、そして東京からマサヒロとエツコも病院に駆けつけた。
マサヒロは新社会人としてこの春から働き始めたが、ちょうどケンシロウが出産したのが金曜日の夜だったのが幸いだった。
この土日はケンシロウと一緒に過ごし、週明けから再び会社に出勤するという。
エツコは生まれた赤ん坊に文字通りメロメロで、「おばあちゃんよぉ」などと調子のいいことを言っている。
ある意味、エツコにとっても孫が誕生したような感覚なのだろう。
「お前にはおばあちゃんがたくさんいていいね」
アキトは苦笑しながらぐっすり眠っている息子にそう言った。
「そりゃそうよ。わたしはおじいちゃんじゃないもの」
エツコは憮然として言った。
そんなエツコが可笑しくて、アキトとケンシロウは腹を抱えて笑った。
「失礼しちゃうわねぇ。わたしは誰がどこから見てもおばあちゃんよっ!」
エツコはプリプリと怒りながらも、その表情は何処か明るかった。
ケンシロウが退院して赤ん坊と共に龍山荘に戻ると、今度は近所の人たちが次々と赤ん坊を見に龍山荘を訪れた。
この頃にはあのサルのようだったしわくちゃな顔もすっかり丸くてぷにぷにした質感の肌となり、それこそ玉のように可愛い子どもになっていた。
すっかり集落のアイドルと化した彼は、訪れる人全てをその愛らしい顔で笑顔にするのだった。
「こいつはケンシロウに似たんだろうな。ケンシロウみたいに可愛い男の子に育ちそうだ」
アキトがベビーベッドの横にすわってガラガラを振りながら赤ん坊をあやしていると、ケンシロウが顔を赤くしてアキトをどついた。
「アキトのバカ。でも、アキトに似たらカッコいいイケメンになりそうだよ。アキト、顔だけはカッコいいから」
「顔だけとは何だ、顔だけとは」
「だって、最初アキトのこと見た時、服装もダサいし、髪はボサボサだし、雰囲気も野暮ったかったんだもん。でも、顔だけは綺麗に整っててさ。ああ、典型的な残念なイケメンだと思ったんだ」
「はあ? 何が残念なイケメンだよ」
膨れるアキトを見て、ケンシロウはぷぷっと吹き出した。
その時、赤ん坊が不快そうにむずむずと腰を動かし、じきにわぁわぁと大きな泣き声を上げ始めた。
「あれ? さっきミルクあげたのに」
アキトが困惑していると、ケンシロウがニヤリとしてアキトを見やった。
「おむつなんじゃない? はい、おむつの交換よろしく」
そう言ってアキトにおむつの替えを手渡すとさっさと向こうに退散してしまった。
本当に調子がいいやつだ。臭くて汚い仕事は全部俺にお任せなんだから!
アキトはプンプン怒りながら、赤ん坊のおむつを開けた。
見ると、茶色いものが強烈な匂いを放っておむついっぱいに広がっている。
「うわあ、これは大変だ」
アキトは思わず声を上げたが、ここはアキト以外に処理を出来る者はいない。
アケミも子育てには最大限協力してくれているが、「厨房の仕事があるから」と、おむつの交換の時は決まっていなくなってしまうのだ。
といつもこいつも。
アキトはブツブツ文句を言いながら、せっせと赤ん坊のおむつを交換するのだった。
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