13-5 複雑な想い
アキトが実の子であることをケンシロウに認めたアケミであったが、その後もアキトに対してはその事実は秘密であった。
いつもと変わらぬ様子でアキトに接するアケミを見ていると、ケンシロウは複雑な感情に見舞われるのだった。
その理由の一つは、せっかく息子に再会出来たアケミが、非道なまでにその息子を彼女から取り上げたαの両親へいまだに配慮を見せていることにある。
なぜそこまで自己犠牲を払って、自分を棄て、息子のアキトを奪った元番の相手を思いやる必要があるのだろう。
同じΩとしてケンシロウはやるせない気持ちをアケミと話して以来ずっと心に抱えていた。
だが、ケンシロウにはもう一つ大きな理由があった。
アキトが実の母親に再会し彼女から大切に想われていることをケンシロウは素直に祝福することが出来なかったのだ。
アキトがαの両親と縁を切り、ケンシロウと共に龍山荘まで逃避行をした時、ケンシロウはアキトがより身近になった気がして嬉しかった。
というのも、ケンシロウもΩであることを理由に両親に棄てられたも同然で家を出た経験があるからだ。
アキトもケンシロウと同じく、家族を棄てて人生を歩むことを決意した。
そこに仲間意識のようなものを感じていたのだった。
ところが、アキトはその逃避行先でまさかの実の母親に雇われることになったのだ。
しかも、アケミのアキトに向ける眼差しは相変わらず慈しみに満ちている。
ケンシロウにとっても新宿二丁目で出会ったエツコが母親代わりに彼に愛情を注いでくれたとはいえ、血の繋がった母親に愛されているアキトを見ていると、実の両親から見放された自分との差をまざまざと見せつけられているような気がする。
ケンシロウには実の家族で自分をこんなに大切に想ってくれる存在などいないのに……。
そんなケンシロウの事情など知らないアキトは、ケンシロウがモヤモヤと物思いに耽っていることを気にして、その理由を訊き出そうとした。
アキトの前では隠し事をしたくはなかったが、このことを今、彼に話す訳にはいかない。
ケンシロウを心配するアキトに対する罪悪感も募り、ケンシロウの心はこの所沈みっぱなしだ。
「ケンシロウ君、ごめんなさいね。あなたに気を遣わせるような話をしてしまって」
アケミが申し訳なさそうにケンシロウに謝った。
「アケミさんが謝ることじゃないよ」
ケンシロウはそう笑ってみせたが、どうやってもその疲れた顔は隠しようもなかった。
そんな中、龍山荘である事件が発生した。
アキトの指導教授であったあのオカダが、発表した論文の内容に他の研究論文からの盗用疑惑が持ち上がったのだ。
オカダの論文の中には、アキトの書いた論文からの盗用も認められたとのことで、急遽
ケンシロウは焦った。
アキトがケンシロウと共に龍山荘で働き始めた理由の一つに、オカダとの確執がある。
更に、アキトが研究業績を上げられていなかったのが、オカダによるものだったとすれば、正当な評価を彼は今まで受けられずにいたということだ。
もしこの件をきっかけにオカダが教授職を追われるとすれば、アキトは再び大学院に戻ると言い出すのではないか。
田舎の民宿での地味な仕事に比べ、都会に立地する国内で一番優秀とされる東帝大学で博士号を取得して研究者となれば、一気にアキトはエリートコースへと返り咲くことが出来る。
正直、そうなれば、番であるケンシロウの暮らしもより贅沢なものになるだろう。
しかし、そうなればアケミはどうなるのだろう。
アキトが東京に戻るとなれば、せっかく一緒に親子の時間を過ごせるようになった彼女が再び息子を失ってしまう事態になってしまう。
「アキト、このまま東京に行ったっきりなんてならないよね? 龍山荘を辞めたりしないよね?」
ケンシロウは心配になってアキトにそう尋ねた。
するとアキトはそっとケンシロウの唇にキスをした。
「そんなことする訳ないだろ? 俺はケンシロウを棄てる気なんてこれっぽっちもないんだから、安心しろ」
違う。そういうことじゃなくて……。
ケンシロウは続けた。
「それはわかってる。でも、大学院に戻るためにオレを連れて東京に戻るとか言い出すのもダメなんだからね」
「そんなこと言い出さねえよ。そもそも、大学院に戻るには、また入試を受けなきゃいけないし、そんな面倒なことしたくはないね」
アキトは飽くまでも龍山荘に戻る気でいるようだ。
ケンシロウはそこでやっと少しの
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