8-6 父との対決

 今朝まで余裕な表情を見せていたサダオは、アキトがケンシロウを伴って家に帰るなり、その表情を一転強張らせた。

 母サチはその張り詰めた父子の様子にただただオロオロしている。


「アキト、これは一体どういうつもりだ?」


 怒りに身体をわなわな震わせながら、サダオはアキトを睨み付けた。

 アキトはそんなサダオの睨みにも怯まなかった。

 逆にサダオを冷たく睨み返しながら、彼に言い返した。


「俺はもう親父の言いなりにはならない。親父がどんなことしようが、俺はこいつと生きていくことを決めたんだ」

「馬鹿者! Ωと生きていくだと? そんなことをしたらお前の人生はおしまいだ」


 サダオが逆上する。

 だが、アキトは飽くまでも冷静沈着だ。


「おしまいになんかならない。俺はこの家に、親父に縛り付けられている方がよっぽど自分の人生がダメになるとわかったんだ」

「何を言う! お前をここまで育ててやったのは何処の誰だと思っているんだ」

「わかってる。だから、そのことには感謝しているよ。でも、それも今日までだ」

「何だと?」

「そもそも親父が心配しているのは俺の人生じゃない。自分の社会的な立場や名誉だろ? 生憎、俺はそういうものにはもう興味がないんだよ」


 そのアキトの言葉はサダオの都合の悪く、他人には隠しておきたかった本音を見事に炙り出したらしい。そのせいでサダオは怒りが沸点に達したらしかった。

 サダオは顔を真っ赤にしながら、アキトの顔面に鉄拳を食らわせようとした。


 いつもなら、アキトはこのまま黙ってサダオに殴られているところだ。

 だが、この時のアキトは違った。飛んで来たサダオからの鉄拳を大人しくその頬に受けることなどしなかった。

 アキトの片手がサダオの拳を受け止め、パチーンという一際大きな音が部屋の中に響き渡る。


 サダオの顔に初めて狼狽の色が表れた。


「お、お前!」

「そうやって都合が悪くなるとすぐに暴力に訴えるのは、いかなる時も理性的であるべきαとしてどうなんだ? 親父はずっと俺にそう教えて来たはずだ」


 サダオは「くっ」と悔しそうに歯を食いしばった。


「出て行け! お前など、もう私の息子ではない。アキトとの親子の縁は解消だ!」


 サダオの断末魔にも似た叫びが部屋中に響き渡った。


「ああ、望むところだよ。だから、俺は今日こうして最後の挨拶をしに来たんだ。これからは、俺はこのマナベ・ケンシロウと共に生きていく。親父たちの世話にはもう二度とならないから」


 アキトはそう言い残し、さっさと自室に引き上げると、荷物の整理を始めた。


「ね、ねぇ、アキト、大丈夫?」


 事の一部始終を見ていたケンシロウは心配そうにアキトの顔を覗き込んだ。


「ああ、大丈夫だ。心配をかけたな」


 アキトはケンシロウを優しく抱き締めた。


「でも、これで俺は住む場所を失ってしまうんだ。暫く、お前のアパートに置いて貰えないか?」


 それを訊いたケンシロウの顔がぽっと赤く染まった。


「それって、オレと同棲するってこと?」

「そうだ。ダメか?」

「……いいよ。いいに決まってるじゃん」


 嬉しさと照れ臭さに顔を上気させながらケンシロウはアキトに抱き着いた。


 その時、アキトの部屋のドアがノックされ、中にサチが入って来た。

 サチはアキトがサダオに啖呵を切って家を出て行くと宣言したことにすっかり狼狽している様子だった。


「アキト。出て行くなんて、嘘よね? あの人にはったりをかましただけなら、早く謝って仲直りしてちょうだい」

「はったり? 俺は全部本気だよ」

「ほ、本気だなんて……。お金はどうするの? あなたは働いてもいないじゃない」

「バイトでもなんでも探す。もう俺もいい年だ。きちんと仕事を探して、ケンシロウと自活できるように頑張るだけだよ」

「ば、バイトだなんて! αのあなたがそんなものに手を出すなんて……」


 いまだにサチはアキトにエリートコースを歩ませたいようだった。

 だが、そんなサチのかける最後の望みをアキトは冷酷なまでに拒絶したのだった。


「俺はもうαであることにこだわりはない。そんなものよりも、俺は一人の人として人間らしく生きたい。だから、俺の人生に口出しは無用だ」

「アキト……」

「すぐには荷物を全部出すことは出来ない。でも、近く全部まとめて引っ越すから、それまでは暫くここに俺の私物を置かせてくれ」


 他人行儀に頭を下げるアキトに、サチはもう何も言い返すことが出来なかった。

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