8-5 アキトとケンシロウは一心同体
それまで黙って二人の会話を訊いていたエツコがそこで一言発した。
「これで一件落着かしら?」
ニコニコ微笑むエツコの温かい目は実の母親のように優しくケンシロウに注がれて
いる。
だが、アキトは首を横に振った。
「まだです」
静かに怒りと決意を込めてアキトはそう答えた。
思いがけない返答にエツコは、更にはアキトの胸に抱かれているケンシロウも目を丸くした。
「俺はこれからケンシロウをここまで追い込んだ親父と決着をつけて来ます。俺は今までずっと親父の言いなりで、その価値観を絶対的なものとして信じて来た。そんな俺自身とも今日で決別しないといけない」
アキトはここに来て初めて気が付いたのだ。
アキトを縛りつけていたのは運命の番の呪縛ではない。父サダオの敷いたレールに縛りつけられていたことに。
だが、そんなこれまでの自分とはこれで決別せねばならない。
ケンシロウの運命の番としての責務を果たすために。
その無邪気な笑顔を守り抜くために。
しかし、そんなアキトをケンシロウは止めようとした。
「ダメだよ、アキト。オレのせいでアキトの親父さんと喧嘩するなんてダメだって……」
いたいけなケンシロウはこれ程傷つけられておきながらも、アキトが父サダオと決別しようとしていることに勘付き、罪の意識に苛まれているようだった。
アキトはケンシロウの頭を優しく撫でながら首を横に振った。
「違うんだ。お前のせいじゃない。これは、俺が俺らしく俺の人生を生きるためにも必要なことなんだ」
「アキトがアキトらしくアキトの人生を生きるために……?」
「そうだ。だから、ケンシロウが罪悪感を持つ必要なんて何一つないよ」
アキトは優しくケンシロウにそう語り掛けると、決意を固めて立ち上がった。
「ケンシロウはここで待ってろ。ちゃんと話を付けて来る。エツコママ、ケンシロウを頼むよ」
「あんた、本当に大丈夫なの?」
エツコが心配気にアキトを見た。
「ダメで元々です。でも、俺は絶対に負けませんから」
アキトはキッパリとそう答え、Monster Boyを後にしようとした。
「待って!」
そんなアキトの背中にケンシロウが叫んだ。
そして、ケンシロウはアキトの元に駆け寄って来ると、彼の腕を掴んだ。
「オレもアキトと一緒に行く。アキトがそんな大切な話をしようとしているのに、オレだけここで待っているなんて嫌だ」
「いいのか? お前にとって辛い話も出るかもしれない。なんせ、あの親父が相手だからな」
「いいよ。もうオレは迷わない。何があってもオレはアキトとずっと一緒にいる」
見ると、ケンシロウは今までに見せたことのない真っ直ぐで迷いのない目をしていた。
透き通った瞳の奥に固い決意を漲らせている。
アキトはケンシロウのそんな様子がいつになく頼もしく見えた。
「わかった。じゃあ、俺について来い。これからはどんな時も俺とお前は一心同体だ」
アキトはそっとケンシロウの唇にキスをした。
ケンシロウの頬がポッと赤く染まる。
「エツコママ、俺、ケンシロウを絶対幸せにしますから。でも、それでもケンシロウにとってあなたは大事な家族も同然の存在なことに変わりはない。今日、こうしてケンシロウがここに来たのもきっと、あなたを誰よりも信頼していたから」
アキトは出掛けにエツコに向かって頭を下げた。
「だから、これからもケンシロウの味方でいてやってください」
「ケンちゃんだけじゃないわよ。もうわたしはアキちゃんの味方でもあるし、あんたたち番の一番の応援団よ」
エツコは微笑みながらも、目を潤ませてアキトを見送った。
ケンシロウだけじゃなく、アキトの味方でもいてくれる。こんな心強い存在、今までアキトのそばに誰かいただろうか?
アキトはじんと目頭が熱くなるのを堪えながら、愛しいケンシロウの手を引き、最終決戦の場へと向かって行くのだった。
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