6-7 父との対決

 ケンシロウの病室での時間は平穏に過ぎていった。点滴を打たれていること以外、ケンシロウは元気だ。

 どうやら今のところ、これ以上の重篤な副作用に見舞われる心配はなさそうだ。

 アキトは心底ほっとした。


 だが、アキトの置かれている状況は逆にどんどん悪化の一途を辿っていた。

 サダオにとうとうケンシロウと運命の番であることがバレてしまった。

 しかも、アキトがケンシロウに発情促進剤を飲ませたことになっている。

 これからのアキトの処遇がどうなるのかは、サダオの意向次第だ。


 アキトはあまり家に帰りたくなかったが、ずっとケンシロウの病室にいる訳にもいかなかった。

 もし、いつまでも帰らずに逃げていれば、サダオがケンシロウの病室まで押しかけて来かねない。

 そんなことになれば、ケンシロウにいらぬ負担をかけてしまう。その事態だけは絶対避けねばならなかった。


 夜になると、渋々アキトはケンシロウの病室を後にすることにした。

「また明日来るからな」

「うん。また明日ね」

 ケンシロウが小さく手を振ってアキトを見送ってくれた。


 アキトは重い足を引き摺りながら家に戻った。


 家の中はいつになく重い空気にどんよりと支配されていた。

 いつもアキトを出迎えるはずの母サチの姿も見当たらない。

 サチの代わりにサダオが待ち構えていたかのように奥から出て来た。

「アキト、帰ったのか。こっちに来なさい」


 サダオに従って奥の居間まで歩いていくと、そこには憔悴し切った様子のサチが打ちひしがれて座っていた。

 サチの横にサダオがドッカリと腰を下ろす。

「座りなさい」

 サダオに指示されるまま、アキトは二人の前に座った。


 アキトが座ったのを確認すると、サダオは眉間に皺を寄せて大きな溜め息をついた。サチは顔を覆っておいおいと泣き出す。


 重苦しい息詰まるような空気にアキトは今にも逃げ出したかった。


「アキト。まず、お前があのΩの青年に発情促進剤を飲ませたというのは嘘なんだろう?」

 サダオが切り出した。

 アキトはピクッとしたが、ここで動揺を見せる訳にはいかない。アキトは俯き加減に顔の表情を隠しながら答えた。

「いや、本当のことです。すみません」

「じゃあ、そんなもの、何処で手に入れたっていうんだ。普通の薬局で買えるような代物じゃないだろう」

 サダオの追及は厳しい。アキトはしどろもどろになりそうになるのを堪えながら、何とか答えを絞り出す。

「それは……、オカダ先生と新宿二丁目を訪れた時に、通りで売っていて……」

「通りで? そんな見え透いた嘘を」

 サダオはアキトの話を全く信用している風ではない。

「だが、お前がそう言い張る以上、警察の目がこちらに向くのは避けられない。だから、あのΩの青年の病気はただの子宮の痙攣という診断書にしておいた」

 どうやら、アキトが警察の厄介になることのないよう、サダオが手を回したらしい。アキトは少し安堵した。


 だが、それで話が終わりになる訳はなかった。サダオは厳しい表情を崩すことなくアキトに指示を出した。

「しかしだ。もう、あのΩとは番を解消しろ。お前には必ずα同士の家庭を築いて貰わねばならん」

「え?」

「そもそも、あの子宮のダメージの受け具合じゃ、今後お前の子どもを身籠ることさえ彼は出来んだろ。そんなΩなど、どんな使用価値があるというのだ」


 「使用価値」。ケンシロウをそんな物のように表現するなんて。


 アキトの頭にカッと血が上った。

「俺は絶対、何があってもあいつと別れない!」

 サダオもアキトのその言葉に気色ばんだ。

「何を言う! 子どもの生めないΩとの結婚など、お前の人生の価値を損なうというものだ!」

「嫌だ。俺とあいつは運命の番なんだ。絶対に別れない。あいつと俺は一生離れるつもりなんかない!」

「馬鹿者!」

 アキトの顔にサダオの鉄拳が飛んだ。アキトは床に投げ出され、サチの悲鳴が上がる。

「こうも出来損ないのαに育つとは、私も想定外だった」

 「出来損ないのα」。オカダと同じセリフだ。アキトは結局、指導教授からだけでなく、親からも同じ烙印を押されたのだった。

 だが、驚きはしない。実際、アキトはサダオの期待を裏切ってばかりいるからだ。


 しかし、サダオが続けて口にした言葉にアキトは人生で最大の衝撃を受けたのだった。

「やっぱり、私と血が繋がっていないだけあったなぁ、アキトは」

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