12-7 息詰まる会議

 久しぶりに訪れた東京であったが、長野での田舎暮らしにすっかり馴染んでしまっていたアキトはそのせわしなく行き来する人々の多さと喧噪にすっかり気圧けおされていた。

 辺りにはもわっとした熱気と排気ガスの匂いが立ち込め、田舎の澄んだ空気が懐かしい。

 このせわしなく回り続ける都会の渦に巻き込まれるように、ただひたすらエリートになることを志し自分自身を絞め上げていた頃が思い出され、思わず息が詰まるのだった。


 東帝大学を訪れると、その息詰まる感覚は更に大きくなった。

 急き立てられるように勉強や研究に邁進していた日々が鮮やかなまでによみがえる。

 今論文盗用問題の渦中にいるオカダに何度もプレッシャーを掛けられながら、彼の研究室を訪ねる度に軽い胃痛に見舞われていたことが思い出される。


 調査委員会の行なわれる会議室は、今までアキトも訪れたことのない教授たちの研究室の入る棟の奥に位置していた。

 重く大きな扉を開くと、ものものしい雰囲気で研究科の教授陣がテーブルを囲んでいた。

「ああ、ニカイドウ君だね」

 研究科長が会議室に入室して来たアキトに声を掛けて来た。

 アキトがうやうやしく挨拶をすると、

「さぁ、ここに座りたまえ」

と席を案内され、そこに座る。


 辺りをグルっと見回すと、そこに集まる誰もが深刻そうな厳しい表情で、その重々しさにアキトの心までずっしりと重くなる。

 早くあの愛しいケンシロウの元に帰りたい。

 心落ち着く木立の葉音やせせらぎの流れる音に耳を澄ませながら、こんな重苦しい気分を早く一掃してしまいたい。

 会議が始まってもないのに、そんな気持ちで一杯になった。


 関係者が全員集ったところで、会議が開始された。

 誰もニコリともしない重苦しい雰囲気の中、重苦しい議題に呼吸すらまともに出来ない。

 

 調査の結果、オカダの研究論文には今回問題となった盗用論文以外のものからも、多数の不正疑惑が上がっているらしかった。

 その多くの論文には、アキトがオカダからけんもほろろに却下され、学術誌に投稿することすら許されなかった論文で書いた内容まで多分に含まれていることにアキトは驚いた。

 あれだけアキトには研究の才能がないと貶していたにも関わらず、彼のアイデアの多くをオカダがこっそりと盗み出していたとは。

 学会関係者への聞き取り調査を実施した結果、オカダがアキトの論文を学会誌に掲載しないよう、再三働きかけていたことも判明したらしい。

 どうやらオカダはアキトの論文からアイデアを体よく盗むために、彼の論文が公に出ないよう妨害していたようだ。


「ニカイドウ君は研究室でもオカダ教授に随分いじめのような扱いを受けて来たそうじゃないか。オカダ教授の研究室に所属する院生からの証言が続々取られている。君はオカダ教授からアカハラを受けていたのではないか?」

 研究科長がアキトを問いただした。

 アカデミックハラスメント、通称アカハラ。指導教授が教え子にその立場を利用して精神的・肉体的に追い詰めるハラスメント。

 言われてみればずっとオカダからはハラスメント紛いの扱いを受けて来た気がする。

 常に能力を、そして人格さえ否定され、「生粋のαの癖に」といった目で見られ続けた。

 研究科長の指摘にアキトは初めて自分がアカハラを受けていたことに気が付いた。


 だが、オカダと同じ位胸糞が悪いのは、それまでオカダに媚び諂っていた研究科の仲間たちが、オカダの立場が悪くなるやいなや態度をひるがえしたことだ。

 それまでずっとオカダをよいしょして、オカダと一緒にアキトを侮蔑的な目で嘲笑して来た連中が、一転してアキトがオカダにアカハラを受けていたなどと言い出すとは。

 その都合の良さに反吐へどが出る。


「もしその事実が本当であれば、オカダ教授に対して訴訟を起こす権利が君には十分ある」

「訴訟ですか!?」

 アキトは驚いて研究科長を問い質した。

「そうだ。君が研究科を去ったのも、オカダ教授によるアカハラが原因ではないのかい? 新宿二丁目を連れ回された挙げ句、Ωの男娼だんしょうと番を無理矢理結ばされたそうじゃないか。オカダ教授のせいで君の人生が滅茶苦茶に壊されたのだとしたら、訴訟を起こすだけの十分な理由になる」

 研究科長が憐れみを浮かべた表情をアキトに向けた。それと合わせるように他の教授たちも同様に気の毒そうにアキトの顔を見やった。

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