13.Side ケンシロウ ―棄てた家族・見つけた家族―

13-1 気になるアキトとアケミの関係

 アキトと共に龍山たつやま荘で働き始めてから、ケンシロウの日常は二十年間生きて来た彼の人生において最も穏やかに推移していた。

 田舎暮らしは正直都会に比べて刺激が少なく感じることも、不便に感じることもあるが、それでも生き馬の目を抜くような売り専ボーイとして暮らした日々を振り返るとあまりにも満ち足りていた。


 相変わらずアキトは優しくて愛しいパートナーだ。

 発情促進剤の重篤な副作用も長野に引っ越して来てからは一度も発症していない。

 月一回の発情期も極めて穏やかなものとなり、アキトの優しさにほだされるままに幸せなひと時を過ごせる期間として楽しみですらある。


 だが、そんな幸せな日々を過ごす中で一つだけ気掛かりなことがあった。

 アキトとアケミの関係だ。


 アケミと初めて会った時、アキトのそばにいる時に感じるのと同じ、包まれるような安心感を覚えた。

 顔かたちはだいぶ老けて見えるが、アケミがΩオメガであることにすぐ気付いたケンシロウは、それが番を解消されたか、番を見つけることが出来ずに、薬を頼って今までの人生を生きて来たことが原因であろうと見当をつけた。

 それを勘案すると、アケミはちょうどアキトの母親くらいの年齢に当たるように思われた。

 何より、アケミのアキトに対する眼差しが赤の他人、例えば宿泊客に向けられるものにはないそこはかとない温かみがあった。

 まるで、母親が息子を慈しむようなその眼差しに、時折ドキッとさせられた。


 アキトは言っていた。

 アキトの父親は実の父親ではなく、彼は母親がΩの女との間に作った婚外子であると。

 Ωの母親が今何処で何をしているのか、アキトは何も知らないという。

 もしやアケミが、とも思ったが、そんな偶然があるだろうか。

 それにアケミに自分が抱いているその疑念を問いただすことはあまりにもしつけに思われて二の足を踏んでしまうのだった。


 アキトはといえば、アケミとの間に何か特別な関係性があると感じている訳ではなさそうだった。

 アキトにとってアケミは親切にも社会経験のない二十七歳の彼を雇い入れてくれた雇用主でしかない。

 アケミの優しさも、一重に彼女の人格が来るものだと信じ込んでいるようだった。

 確かにアケミの優しさはケンシロウも認める所ではあるのだが、ケンシロウに対する優しさはアキトに対するそれとは何か違ったものを感じていた。

 

 しかし、アキトもアケミの謎に包まれた素性が気になったらしい。

 ある日、龍山荘の隣の畑で栽培している夏野菜を取り込んで厨房に運び込んだついでに、それとなくアケミ自身について尋ねたのだった。


 だが、アケミはどうしても自分の素性をあまりアキトに知られたくない様子だった。

 口下手なアキトがそんなアケミから話を訊き出せるはずもなく、困った顔をしていたので、ケンシロウは彼をからった。


「なんだなんだ? アキト、アケミさんに色目でも使ってる訳?」

「色目? バカ言うなよ」

 アキトはブスッとした顔でケンシロウに向けた。その様子が可笑しくて思わず笑い声が出てしまう。

「ダメだよ、アキト。オレがアキトにとっての唯一無二の運命の番なんだからね」

 アキトは顔を真っ赤にして、照れ隠しのためにわざとらしく咳払いをしてみせた。


 そんな軽口を叩いてアキトとじゃれ合っていたケンシロウだったが、「運命の番」というワードを口にした瞬間、アケミの表情が変わったのを見逃しはしなかった。

「アケミさん?」

 思わず放心状態になったアケミにアキトも心配になったようで、彼女に心配そうに声をかけた。

「いいえ、何でもないのよ」

 アケミはわざと明るくそう返答したが、何でもないようには見えない。


 アケミには「運命の番」に関するなんかの過去があるのではないか。

 そう直観的に感じたケンシロウは、アケミにかまをかけた。

「ねぇ、アケミさん。もしかしてアケミさんにも運命の番がいたりして?」

 それを訊いたアケミの手が再び止まった。そしてポツリとこう呟いたのだった。

「そうね……。そんなことがあったかもしれない」

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