16.Side ケンシロウ ―雪解けの時―

16-1 よく似た親子

 アキトとアケミ。

 実の親子であるこの二人は、親子であるという事実を差し置いてもよく似ている。


 ケンシロウがかたくなにマサヒロを拒絶している間に、マサヒロの接待を引き受け、ケンシロウとの兄弟の仲を取り持つために奔走ほんそうした。

 余計なお節介だとケンシロウは思ったが、本当はアキトがうまく自分たちの仲をまとめ上げてくれるのではないかと期待していたことも事実だった。

 その結果として、アキトはマサヒロの元へケンシロウを連れて引っ越すという考えに至ったらしかった。


 あまりにも性急で、独り善がりな決定だ。

 ケンシロウはその実、マサヒロへの気持ちにケリをつけられてはいないし、アケミのことを想えばおいそれと東京に戻れるはずなどない。

 アキト自身、龍山たつやま荘での田舎暮らしを楽しんでいるのに、今更仕事も一から探さねばならない東京に移るメリットなどほとんどないに等しい。

 だが、アキトはすっかりケンシロウのためだと思い込み、良かれと思って突っ走った。


 思い返せばケンシロウが発情促進剤の副作用で倒れた時、アキトが病院でケンシロウに自分が薬を飲ませたと言い張ったこともあった。

 そんなことをすれば、自分が罪に問われることになるにも関わらず。


 相手のためにと思えば、後先考えずに突っ走る。

 それが、ニカイドウ・アキトという人間だ。


 一方で、アケミはアケミで、運命の番であるサチのためと思い込み、アキトをみすみす手放そうとしている。

 サチの夫のサダオに理不尽なそしりを受けても、ただひたすらに頭を下げ、アキトを連れ戻すという要求にも異を唱えることすらしなかった。

 見かねたケンシロウが間に割って入ったが、あのままではアケミはまた自己を犠牲にして、サチのために尽くしたつもりになっていたことだろう。


 しかしその実、サダオの元にアキトを戻すことで誰も得などしないのだ。

 アキトは龍山荘に来てからというもの、すっかりこちらでの生活に馴染み、東京では見せなかったリラックスした表情を見せている。

 もしアキトがサダオの元に戻ることになれば、またアキトはαアルファとして優秀であることを過度に要求され、心身共にすり減らしていかねばならないだろう。


 サチについても同じだ。

 アケミはサチのために身を引いたつもりでいるらしいが、サチはアケミが思っている以上にか弱い存在だ。

 周囲に流されるまま、頼りなくふわふわと浮いている小さな雲のようで、少しでも強い風が吹けばあっけなく吹き飛ばされてしまう。

 サダオに振り回された挙げ句、すっかり疲れ切った顔を湛えながら所在なく部屋の片隅に座っている姿は不憫ですらあった。

 サチはきっとアケミと二人で運命の番同士仲睦まじく暮らした方がよっぽど幸せな人生を送れたはずだ。

 それをアケミが良かれと思って身を引いたことで、サチはサダオによって三十年近く翻弄され続けて来たのだ。


 だが、アキトにしろアケミにしろ、悪意などないのだ。

 ただただ善意で相手のためにと思って行動しているため、どうしても憎めないのだ。


 それに、アキトやアケミに翻弄されている側のケンシロウ自身やサチにも要因がある。

 サチはもっと自分をしっかり保つべきだし、ケンシロウもマサヒロとの関係からいつまでも逃げている訳にはいかないのだ。


 アキトはアケミとサチと話し合い、この件に関してある一定の区切りを見出したらしい。

 であれば、ケンシロウもマサヒロについて、きちんと向き合わなくてはならない。


 だから、ケンシロウはアキトに頼み込んだのだった。

 アキトがマサヒロから訊いた話を訊かせて欲しいと。

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