16-2 本当の兄の姿

 アキトから訊かされた話に、ケンシロウは罪悪感を覚えた。

 ずっとケンシロウは自分を棄てた家族を恨んで来た。

 マサヒロに関しても、ケンシロウがΩと判明して両親からネグレクトされるようになってから、これ見よがしに我が世の春を謳歌している嫌な奴だとしか見ていなかった。

 ケンシロウの記憶にあるマサヒロの姿といえば、まだケンシロウがΩとわかる前、両親から持て囃される自分を恨めし気に見つめている姿だった。

 あれほど恨めしそうに眺めていた相手が落ちぶれたのだ。

 陰ではほくそ笑んでいるに違いないと妄想を逞しくし、勝手に敵意を抱いていたのだった。


 しかし、現実のマサヒロはケンシロウの想像からはだいぶ違うものだった。

 マサヒロはずっとケンシロウのことを影ながら気にかけ、ケンシロウが家を出てから三年間もの間、ケンシロウを探し続けていたのだ。


 ケンシロウはアキトに愛情を注ぐアケミを見て、自分にはこんな風に愛情を注いでくれる家族はいないと思っていた。

 だが、実は驚くほど身近にケンシロウを大切に想ってくれている家族がいたことに今の今まで気が付かなかった。

 ケンシロウは浅はかな自分を恥じた。


 その夜、ケンシロウはアキトがマサヒロから受け取った連絡先に電話を掛けることにした。

『もしもし、アキトさん? どうかしたんですか?』

 アキトのスマートフォンからかけたため、マサヒロは電話の相手がアキトだと思っているらしい。

 ケンシロウは気恥ずかしさのあまり、すぐにスマートフォンをアキトに押し付けようとした。

 だが、アキトはケンシロウに押し付けられたスマートフォンをそっとケンシロウの手元に返した。

「マサヒロ君とちゃんと話をするって決心したんだろ? 頑張れよ」

 アキトにそっと背中を押され、ケンシロウはもう一度勇気を振り絞って電話を耳に当てた。


「違うよ。オレ、ケンシロウ」

 ケンシロウがそう言うと、一瞬、電話の向こうのマサヒロが黙り込んだ。

 もしかして、あれだけ激しく拒絶をしたために嫌われてしまったのだろうか。

 ケンシロウがそんな不安を覚えた時、電話の向こうで小さく鼻をすする音が聞こえた。

「兄ちゃん?」

 ケンシロウが恐る恐る尋ねると、マサヒロは涙声になって答えた。

『ケンシロウ……。ごめんな。僕、ケンシロウのことをちっとも助けてあげられなくて……』

 マサヒロに釣られてケンシロウの目からも涙がぶわっと溢れ出した。

「何で兄ちゃんが謝るんだよ。謝るのはオレの方だろ? 兄ちゃんがオレをずっと探してくれていたなんて、オレは知らなかった。それに、兄ちゃんが龍山荘に来てくれた時、本当は嬉しかったんだ。オレのことを忘れずにいてくれたんだって。でも、素直になれなくて、反発して、ひどいこと言った。ごめん」

『ケンシロウは何も悪くないよ。ケンシロウは家を出てからずっと辛いことや苦しいことをたくさん乗り越えて来たんだろ? それも全ては僕たち家族がケンシロウにしたことが原因で。愛想よく出迎えてくれなんて、僕に要求する資格なんかある訳ないんだ』

「兄ちゃん……。オレ、オレ、兄ちゃんとまた会いたい。今回はほとんど話せなかったけど、今度こそちゃんと会ってきちんと話がしたい」

 ケンシロウがせっつくように言うと、電話の向こうのマサヒロが小さく笑った。

『僕もケンシロウに会いたい。また近く会いに行くよ。もうケンシロウの居場所はわかっているんだ。これからは暇を見つけて会いに行ってもいいだろ?』

「うん。オレ、待ってるから。兄ちゃんが来てくれるの」

『ありがとうね、ケンシロウ』

「ううん、オレの方こそありがとう」

 ケンシロウは涙を流しながら何度もマサヒロに謝ったり礼を述べたりと忙しい。


 結局、マサヒロは大学の後期授業が始まる前に、もう一度龍山荘を訪ねて来ることになった。

 ケンシロウはそれまでに、アキトと共に東京に戻るのかどうかという決断を下すことにし、電話を切ったのだった。

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