19-3 もう少し
朝から始まった陣痛だったが、なかなか子どもは生まれて来ず、辺りは暗くなっていた。
アケミも龍山荘での宿泊客のもてなしのため、病院を後にしてしまったし、今は病室にアキトとケンシロウしかいない。
時折助産師や看護師が様子を見に来てはくれるものの、アキトはケンシロウと二人きりで部屋に取り残されると何とも不安になる。
陣痛は断続的に強くなって来ているようで、何度も痛みに唸っている内にケンシロウもへとへとに疲れてしまっている。
陣痛が収まる時間を見計らい、ポカリスエットを飲ませたり、汗をタオルで拭き取ったり、アキトも思いつく限りの世話を焼く。
「出産ってこんなに苦しいものなんだって初めて知ったよ……」
すっかり弱気になっているケンシロウをどう元気付けたらよいのかアキトはわからず、途方に暮れた。
「ごめんな、ケンシロウ……。もうちょっと無痛分娩とか、そういうのちゃんと調べておけばよかった」
アキトはああしておけばよかった、こうしておけばよかったという後悔の念ばかりが募る。
「今更おせえよ」
ケンシロウはプクッと膨れてプイッと横を向いた。
そこに助産師が病室に入って来て、ケンシロウの身体の状態を確認した。
「そうね……。子宮は少しずつ開いて来てるから、このまま順調にいけば日付が変わる前までには生まれると思うわ」
「え……日付が変わるまでですか」
普段なら何でもない時間が、この時ばかりは遥か彼方先の米粒のようなものに思える。
ケンシロウの顔も曇ったのがわかる。
「もう少しマッサージをして陣痛を促しましょう」
助産師はそんな二人の様子に気を遣ってか、そんな提案をした。だがその提案にケンシロウは怯えた表情を見せた。
「え? 陣痛を促すって、わざわざ痛くするってこと?」
「痛い時間は少しでも短い方がいいでしょう? だから、頑張って」
助産師に優しく説得されたものの、ケンシロウは腰が引けているようだ。
アキトはケンシロウの手を握った。
「俺もついてる。もしこれ以上痛くてたまらなくなったら、ちゃんと助けも呼ぶし、今は助産師さんもついていてくれるし、大丈夫だ」
「……わかったよ」
ケンシロウは口を尖らせながらも渋々了承した。
だが、助産師がマッサージを始めると、ケンシロウの陣痛は強く反応し始めたようだった。
顔が痛みに歪む。
「イタタタタタ! 腰が、腰が……」
ケンシロウはうわ言のように「腰が」と繰り返している。
「だいぶ子宮が開いて来たわ。よし、このまま一気に攻めましょう」
助産師は応援を要請し、病室に産科医や看護師が呼ばれてわらわらと集まって来る。
いよいよものものしくなって来た雰囲気にアキトもケンシロウも緊張感を高まらせる。
「大丈夫よ。さあ、大きく息を吸って! はい、吐いて!」
助産師がケンシロウに声をかける。
必死にケンシロウは深呼吸をし、腹に力を入れる。
アキトは祈るような気持ちでその場から一歩も動けず、ただただケンシロウの手を握り続けた。
「もう少しよ。頑張って!」
助産師がケンシロウを励ます。
「ケンシロウ、頑張れ。ケンシロウ!」
アキトのケンシロウの手を握る手にも力が入る。
ケンシロウは小さく頷いてアキトの手を握り返した。
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