13-9 独り善がりなアキト
翌日になっても、ケンシロウはマサヒロを避け続けていた。
朝食も食堂には顔を出さず、なるべくマサヒロと顔を合わせずに済む場所で仕事をした。
「いいの? せっかくお兄さんが会いに来たのに」
アケミにもそう心配されたが、ケンシロウは
マサヒロと顔を合わせて何を話せばいいのかわからなかったし、いきなり再会した兄に対する感情が整理出来ていなかったのだ。
そんな中、アキトがケンシロウを呼び止めた。
「ケンシロウ、お前とマサヒロさんを交えて大事な話がしたいんだ。来てくれるか?」
アキトにそう頼まれたケンシロウだったが、それでもマサヒロと顔を合わせることに躊躇を覚えた。
「マサヒロさんには部屋で待って貰ってる。さあ」
アキトがケンシロウの手を引いて連れて行こうとするのを、ケンシロウは振り解いた。
「ほっといてくれよ。オレはあの人と何も話す気はないんだから」
すると、アキトは大きな溜め息をついて、ケンシロウの前に屈んで目線を合わせた。
「なあ、ケンシロウ。お前の兄ちゃんはケンシロウが家を出てからずっとお前のことを探していたんだっていうじゃないか」
マサヒロの事情を初めて耳にしたケンシロウは目を丸くした。
「え?」
「マサヒロさん、大学の休みに実家に帰省したらケンシロウがいなくなっていて、親御さんに事情を訊いたら家出したと言われて。すぐに家を飛び出してケンシロウを探しに行ったって。でも、親御さんもケンシロウの居場所すら知らなくて、お前を探し出すまで今までかかったんだそうだ」
ということは、もう三年もマサヒロはケンシロウを探し続けていたことになる。言い様のない複雑な感情がケンシロウの中で渦巻く。
「……そんなこと、オレは知らないし」
ケンシロウが口の中でもごもご呟いているのを、アキトはもう一度腕を掴み、マサヒロの部屋まで連れて行った。
マサヒロはケンシロウの姿を認めるなり、何やら気まずそうに俯いた。
アキトはマサヒロの真正面にケンシロウを座らせ、話を切り出した。
「昨日、俺はあれからマサヒロさんといろいろ話したんだ。ケンシロウ。俺は東京に戻ろうと思うんだ。お前と一緒にな」
「は? いきなり何を言い出すの?」
東京に戻るなんて、
驚くケンシロウにアキトは続けた。
「マサヒロさんの近くで暮らそう。せっかく、お前の家族がこうして探しに来てくれたんだから」
ケンシロウはカッとして立ち上がった。
「嫌だ! 何が家族だよ。オレが親から見捨てられた時だって、兄ちゃんはオレを助けてはくれなかった。それを今更家族だって? 笑わせんな」
「ごめん、ケンシロウ。本当にごめん……」
おろおろしながらケンシロウに謝るマサヒロを見ていると、ケンシロウは更に苛立った。
「今更謝って貰ってももう遅いんだよ! オレは高校も中退して、大学も行けなかった。新宿二丁目で身体売って生活して。そんなオレの過去は、あんたに謝って貰ったところでどうにも出来ねえんだよ!」
マサヒロは唇を噛み締めて俯いた。
「ケンシロウ。ちょっと落ち着けよ」
アキトがケンシロウを宥めようとしたが、そんなアキトにも腹が立った。
せっかく息子との時間を共有出来ているアケミを思うと、彼女が母親であることを知らないとはいえ、あまりにもアキトの考えは身勝手に思えた。
それにケンシロウの気持ちはそっちのけで話をどんどん進められていることに不快感が募る。
「龍山荘はどうするんだよ? アケミさんは? ここでの仕事を放り出すつもりなのかよ?」
ケンシロウが矢継ぎ早に捲し立てると、アキトは気まずそうに目線を逸らせた。
「アケミさんには申し訳ないと思ってる。だから、次の働き手が見つかるまでは、俺だけここに残って働こうと思う。ケンシロウは先にマサヒロさんと東京に戻れ。俺も次の従業員さえ見つかればすぐに追いかけるから」
ケンシロウの怒りは更に高まった。
「はあ? 何それ? 意味わかんねえよ。オレは龍山荘を辞める気なんかないし、アキトにそんなことまで指図されたくない!」
ケンシロウはアキトとマサヒロを残して部屋を飛び出した。
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