18.Side ケンシロウ ―天からの贈り物―
18-1 体調不良と不安な日々
穏やかな田舎暮らしが再びケンシロウの元に戻って来た。
アキトとは幸せに身体を重ね、今まで以上に互いへの愛情が深まった気がしている。
「お袋から
アキトはそう言ってくれているので、アケミには悪いが、早くアキトが龍山荘の若旦那となる日が待ち遠しくて仕方がない。
季節はどんどん秋が深まり、それまでの夏のうだるような暑さが嘘のように一気に涼しさを増した。
長野の秋の深まりは早く、もう木々の葉の色が変わり始めている。
これからは食欲の秋。食いしん坊のケンシロウにとって、食べ物の美味しい山村での暮らしで一番楽しみにしている季節だ。
ところがこの所、ケンシロウの体調が見るからに悪くなっていた。
頭も身体も重く、仕事にも身が入らない。熱っぽくて頭痛もする。
それに何よりも困るのが、連日続く吐き気だ。せっかくの食欲の秋を堪能するどころではなく、すっかり食が細ってしまった。
こんな経験は今まで風邪を引いた時くらいしかなかったし、それも数日寝ていればよくなった。でも、今回はなかなか治りが悪い。
そして、もう一つ気になる症状が発情期がここ二か月近くぴたりと来なくなってしまったことだ。
発情促進剤の副作用で発情期の周期の乱れが起こるのは身をもって経験しているが、また何か身体に異変が起こったのだろうか。
ケンシロウは不安に襲われて常にビクビクしてクラスようになっていた。
アキトはそんなケンシロウを心配して病院に連れて行くと言い出した。
だが、この龍山荘の位置する山村には病院などなく、もし医者にかかろうとするならば、車を三十分走らせて
運転免許を取得していないケンシロウは移動をアキトかアケミに頼まざるを得ず、ただでさえ忙しい龍山荘の仕事に加えて自分のためにそんな手間をかけさせるのに気が引けた。
そもそも、体調の悪化したせいで、ここ最近はケンシロウの仕事もほとんどアキトに丸投げ状態で、アキトは
今は秋の行楽シーズンで観光に訪れる泊り客も多く、夏に負けず劣らずの忙しい日々が続いていた。
それに何よりも単純に病院に行くのが怖かった。発情促進剤のことをまた言われるのではないかと思うと、どうしても二の足を踏んでしまうのだった。
したがってケンシロウは気丈に「ちょっと休んだら大丈夫だから」と主張し、アキトの世話になろうとはしなかった。
しかし、とうとう症状が出てから二週間後に朝食を戻してしまったケンシロウに、アキトは痺れを切らせて言った。
「もう見ていられない。こんな状態が続いたら栄養失調になってしまう。今日はお前が何言っても病院に連れて行くからな」
アケミも心配そうにケンシロウの様子を見ている。
「そうよ。どう見てもここの所、調子が悪そうだもの。龍山荘のことなら大丈夫。二人が来る前はわたし一人で何とかやっていたんだし、一日くらい何とでもなるわよ」
「本当にごめんなさい……」
ケンシロウは小さくなって謝った。
「なんだなんだ? いつもはあんなにふてぶてしいのに、性格まで大人しくなっちゃってさ。それだけでも普通じゃないのは丸わかりだ。ほら、行くぞ」
アキトはそんな減らず口を叩きながらも、ケンシロウを労わってそっと肩を貸し、車まで連れていくと彼を助手席に乗せた。
そして自分も運転席に乗り込むと、早速車を発進させた。
山が色づいた木の葉のために鮮やかな彩りを放っている。美しくて澄んだ秋の空気で幾分か気分は回復した気がする。
だが、ケンシロウはそんな秋の山並みを楽しむ気には到底なれなかった。
悪い病気や発情促進剤の副作用がまた出たとかじゃなきゃいいけど。
不安な気持ちを抱えつつ、ケンシロウはぼんやりと流れ去る景色を眺めていた。
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