8-3 Monster Boyの片隅で

 幸いMonster Boyの扉には鍵は掛かっていなかった。

 どうやらエツコは店の中にいるらしい。

「エツコママ! ケンシロウ、ケンシロウは来ていないですか?」

 息を切らせながらアキトは叫んだ。

「ほら、やっぱり来たわよ。あんたの王子様が」

 エツコはそんなアキトの姿を認めると、ニッコリ微笑んで店の奥に視線をやった。


 見ると、エツコの視線の先には隅っこに丸まるようにして縮こまって座っているケンシロウの姿があった。

「ケンシロウ!」

 アキトはケンシロウの元に駆け寄り、抱き締めようとした。

 だが、その瞬間、

「近寄るな!」

とケンシロウが叫んだ。

「え?」

「お願い。近寄らないで……」

 ケンシロウは苦し気にアキトから目をらせた。

「近寄るなってどうして? いきなり病院からもいなくなるし、アパートにもいないし、一体何があったんだよ?」

「知らない。アキトは関係ない。だからもう帰れよ」

 アキトの問いに答えるのをケンシロウは頑なに拒否する。

「何でだよ! お前は俺にとっての運命の番じゃないか。お前は俺に言ったよな。俺から離れることなんて出来ないって。それは俺も同じだ。お前なしで俺はもう生きていくことなんか出来ない。頼む。帰れって言うなら、俺と一緒に帰ってくれ」

 アキトはケンシロウに懇願した。

 だが、ケンシロウはアキトを拒むように彼に背を向けた。


 途方に暮れるアキトとひたすらアキトを拒絶するケンシロウの元にエツコが歩いて来た。

「ケンちゃん、もういい加減に認めなさい。いくらそうやって突っ張っても、アキちゃんはあんたを置いて帰ったりなんかしないわよ。きちんと話をしなかったら、まとまる話もまとまらないわ。アキちゃんはあんたにとって大切な存在なんでしょ? なら、ちゃんと話なさい。あんたのためにここまで来てくれたんだから」

 いつの間にアキトはエツコに「アキちゃん」呼びされるようになったのだろうか。全く、エツコも調子がいい。


 だが、今はエツコからの呼ばれ方よりもケンシロウを何とかしなければならない。

 今は部屋の片隅で小さく丸まって震えているこの小さくて可愛いやつを少しでも安心させてやりたい。

 だから、嫌がられてもいい。

 こいつは俺の運命の番なんだ。

 そんな簡単に俺たちの心の繋がりまで断ち切れるものではないはずだ。


 アキトはそっとケンシロウに腕を伸ばし、彼の身体を優しく抱き締めた。

 ケンシロウはアキトの腕の中で暴れた。

「やめろ! あっちに行けよ! オレはもうお前とは二度と会わないって決めたんだ」

「行かないよ。俺は何があってもケンシロウを離さない。絶対にな」

「……だって、だって、オレのせいでアキトは犯罪者になるところだったんだぞ。知ってるんだろ? オレがお前と番になるためにコッソリ発情促進剤を飲んでいたこと。何でそんなオレのために罪を全部被ろうとなんかするんだよ!」


 やっぱりそういうことだったのか。

 アキトはピンと来た。

 昨日からのあの不自然な余裕といい、サダオの様子が明らかに変わった理由がわかった。

 ケンシロウがアキトを犯罪者に陥れようとしただのと脅して、別れるよう彼に迫ったのだろう。

 ケンシロウの入院していた病院がサダオの働く病院であるから、アキトのいない間に彼に近付くことなど造作もないことだっただろう。


「バカ野郎」

 アキトは優しくケンシロウの額にデコピンを食らわせた。

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