1-4 飛び出た本音

 飲み会が始まった。

 オカダや研究室の学生たちは美男子のΩを両脇に抱え、まさに「両手に花」といった風体ふうていで乱れ切っている。

 だらしなく鼻の下を伸ばし、Ωの青年たちの身体を撫で回し、甘い言葉を掛けては酒を煽る。

 一方のΩの青年たちは一様に必死にαであるオカダや学生たちにアピールを惜しまない。

 この中から番になるαを見つけようと必死なのがはたから見ても伝わって来る。


 だが、時折オカダや学生たちが羽目を外しすぎそうになると、ママがやんわりとΩ男子との間に割って入り、一線を超えないように目を光らせているようだった。

 なるほど。

 ここはラブホテルではないから、お楽しみはバーを出てからにせよ、ということなのだろう。


 それにしても、何とも忌々しい光景だ。

 アキトは目の前で繰り広げられる乱痴気騒ぎを見ていられず、顔を背けた。

 いつこの場を抜け出そう。

 そんなことを考えながら、落ち着かずに酒の入ったグラスを傾けている。


「ニカイドウ君、君は全然楽しんでいないじゃないか」

 オカダがくだをまいてアキトに絡んで来た。

「そうだよ、ニカイドウ。せっかく二丁目に来てるんだ。楽しまないと」

「こんなに可愛い子たちに囲まれて、そんなに嫌そうな顔をしているなんて勿体ない」

 周囲の学生たちも口々に茶々を入れる。

「いや、楽しんでますよ。お酒も美味しいですし」

 アキトは面倒臭いことになって来たと内心思いながらも、引きつった笑いを浮かべてお世辞を言った。

 そして、

「ちょっと、トイレ行って来ます」

と言って逃げるようにトイレに飛び込んだ。


 そろそろ限界だ。

 甘ったるいΩのフェロモンが部屋中に立ち込め、理性で感情や感覚をコントロールすることを至上命題としているアキトであっても、思わずボウッとしてしまいそうになる。

 目の前では酒の力を借りてすっかり理性のねじなど吹き飛んでしまっただらしない姿をαたちが晒している。

 こんな場所にアキトはいるべきではない。

 そろそろ家に帰って、専門書の続きでも読みたいものだ。


 用を足し、トイレを出る。

 もうおいとましますとオカダに告げなければ。

 そう思ってオカダたちが座る席の方に歩いて行くと、ママがカウンターの方からアキトに手招きをしているのが見えた。

「ちょっと!」

 小声でママがアキトを呼んでいる。


 何の用だろう。

 アキトがママの方に歩いて行くと、ママが彼に話しかけて来た。

「あんた、随分嫌そうにしいるわね。何かあったの?」

 さっきは冷たく挨拶をあしらったかと思えば、今度はお節介と来た。

 アキトはなるべく苛立ちを見せないように笑顔を作ってママの問いを否定する。

「いえ、楽しいですよ」

 ママがいぶかし気にアキトをしげしげと見つめた。

「本当かしら? あんた、二丁目は初めて?」

「いえ、たまに教授のお付き合いで来ることがあります」

「お付き合い……ね。そんなに二丁目が好きでないのなら、無理に付き合う必要はないのよ」


 Ωのオカマが何をわかったようなことを。

 アキトはそう思って更に苛立った。


 Ωなどにアキトの苦労などわかるはずもない。

 大学のポストを得るのは才能だけでは如何ともし難い部分がある。

 指導教授に気に入られ、就職の世話をしてもらい、初めて大学で研究者として働くことが出来るのだ。

 そのためにはどんなに二丁目など行きたくなくても、教授に誘われれば無下に断る訳にはいかない。


 大学など行ったこともないであろうΩたちに、そんなアキトの苦労が一ミリでも理解出来るとは思えなかった。

 日がな一日番となるαを見つけることばかり考え、発情期が来れば動物的に色に狂うような連中が。


 だが、そんなことを口に出してしまえば大騒ぎになる。

 Ωに対する差別発言を公の場、しかも二丁目というΩたちが憩う場所で大声で叫んだりすれば、それこそ「生粋のα」としての名に傷がつく。

「そんなことありません。僕は二丁目が大好きですから」

 自分でもわざとらしいと思うが、満面の笑みを作ってママにそう返事をしてみせる。

 だが、ママの表情はピクリとも動かなかった。

「あんた、あまり二丁目をバカにしないでくれる? Ωが相手だからって舐めるんじゃなわよ」


 この言葉にはアキトはあからさまに不機嫌になった。

 ここまで愛想を振りまいてやったのに、何を人の心を見透かしたようなことを言ってくるんだ。

 Ωの癖に。


 アキトは苛立ちがピークに達した。

「俺はあんたらのようなαをたぶらかすことばかり考えているやつらなんかに説教されるつもりはないね! 二丁目がなんだ。下らねえ。Ωが寄生するαを見つけるために必死こいて右往左往している街だろ。そんな場所、バカにしない方がおかしいだろ!」

 思わず大きな声で本音が出た。

 その瞬間、バーの中の喧噪が一瞬にしてシーンと静まり返ったのだった。

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