1-2 夜の街
新宿二丁目。
それは新宿の繁華街から少し離れた路地裏にある
この二丁目という名を訊いてポジティブな印象を抱く者は少ないだろう。
この街には、この社会で最底辺に属するΩの男たちが、番となるαを求めて夜な夜な集まって来るのだ。
そしてαの男たちは、性欲を満たすためにお忍びで二丁目を訪れ、見た目のよいΩを物色するのだ。
元来、Ωはαと番を作らねば長生きすることが出来なかった。
生まれつき虚弱体質である者が多く、月一回訪れる激しい発情期はその少ない体力を奪っていく。
激しい発情期はαと番が成立することで収まり、それ以降は番となったα以外に発情することはなくなる。体質も改善されることで、健康的に長生き出来る者が多い。
現在では発情期を抑える抑制剤も数多く開発され、ある程度のコントロールが効くようになって来た。
年齢を経ても抑制剤のおかげで人並みに長生きすることも可能だ。
だが、年齢を経てもαとの番を成立させることの出来なかったΩは、次第に強力な抑制剤に頼らねばならなくなる。
その結果、強い副作用によって若くしてどんどん老け込んでいってしまうのだ。
若い美貌を失ったΩに対して興味を持つαはいないため、若い内に番となるαを見つけるためにΩたちは必死だ。
新宿二丁目はそんなΩたちが集まる街。
番を成立させ、生きるためにαを探し求めるΩたちの熱気とフェロモンの香りで、街全体がムンムンしているのだった。
Ωを汚らわしいものとして嫌悪するアキトにとって、新宿二丁目など足も踏み入れたくない場所だった。
αに「寄生」しなければまともな人生すら歩めないΩなど、何とも嫌らしい存在だ。
そんな連中が大量に巣くう場所などろくでもない。
「い、いやぁ、僕は今週の金曜日は……」
アキトはオカダの誘いを断る何かいい口実はないかと考え、目を泳がせた。
「まさか、Ωと関わり合いたくないから、二丁目に偏見があるから、行きたくないなどと言うつもりじゃないだろうね?」
オカダの目の奥がギラリと光った。
Ωは社会的底辺に属する者たちとはいえ、ここは現代社会。
基本的人権や法の下の平等が憲法で保障されており、Ωへの差別を禁止する法律もある。
「生粋のα」ともあろう者が、公の場でΩへの差別や偏見を口にするなど、タブー中のタブーだ。
オカダの圧にアキトは根負けした。
「わかりました。伺います」
「それでいい。では、また金曜日の夜に」
オカダは満足そうにアキトに笑いかけると研究室を出て行った。
アキトは知っている。
アキトと同じく「生粋のα」であるオカダ。
彼は大学教授という身分もあり、表ではΩへの差別反対に賛成の意を表明し、αもΩも分け隔てなく接することが大切だと紳士面をして語ってみせている。
だがその実、四十歳という若さで東帝大学の教授にまで上り詰めたプライドは半端ではない。
そんなオカダが表で語る彼の言葉通り、Ωを自分と同じ価値のある存在だなどと考えているはずがなかった。
彼はその類まれなダンディーで美しい容貌を利用して夜な夜な二丁目に出入りし、若いΩたちを引っ掛けては性欲を満たしている。
しかし、そんなΩたちと番となって一生添い遂げようという気などさらさらなく、欲を満たせばそのまま無情なまでに彼らを切り捨てる。
Ωの存在など、オカダにとってはただの性処理用具でしかない。
本心ではΩなど誰よりも下等な存在だと見下している癖に、二丁目に集うΩたちに偏見のない優しい自分をアピールし、尚且つ自分が二丁目で遊ぶための口実に大学院の研究室の飲み会を利用しようとしているのだ。
こんなことがままあるため、アキトはオカダからの飲み会への誘いがかかるといつも身構えてしまうのだった。
アキトはそんなオカダの見え透いた本心にもΩに対するものに劣らぬ軽蔑心を抱いていたが、指導教授を相手に反論することも出来ずにいた。
二丁目に行っても、Ωには指一本触れるこどなどしない。飲み会では何か理由をつけて早目に退散しよう。
アキトは心の中でそう決心していた。
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