16-4 ほどけるわだかまり

 結局、二人は龍山荘に残りたいという気持ちを持ちつつも、結論を先延ばしにし続け、気付けば夏も終わりに近付いていた。

 朝晩の気温がグンと下がり、今では寒いくらいだ。

 カレンダーをめくると、もうマサヒロが龍山荘を訪ねて来る日になっていた。


「あーあ、どうしよう。結局何も決められないまま、この日を迎えちゃったよ」

 ケンシロウは嘆いた。

「まだマサヒロ君が大学を卒業するまで半年あるし、その間に結論を出すってことにしたらどうかな?」

 アキトは頼りなさげにそんな提案をした。

「いや。そんな風に言っていたら、じきに半年経っちゃうと思う」

「確かに……」

 二人は答えを出せぬまま難しい顔をして考え込んだ。

 結局マサヒロとの話し合いの場で結論を出すことにして、二人は彼を迎える準備を始めることにした。


 マサヒロが龍山荘にやって来ると、反発心を募らせて暴れ回った前回とは異なり、ケンシロウは照れ臭くて小さく縮こまっていた。

 それもそのはずだ。両親からずっと兄弟間で差をつけて接しられて来たこともあり、何となく二人の間にはわだかまりが生じていた。

 そのため、まともに会話をした経験は一緒に暮らしていた時からほとんどなかった。

 その上、ケンシロウが家を出てからの三年間、二人は顔を合わせることすらなかったのだ。


 マサヒロに会うのが何とも気恥ずかしく、出迎えをアキトに一任しようとしたが、アキトはそうすることをケンシロウに許さなかった。

「何してるんだ。お前の兄ちゃんが来るんだ。今回くらいはちゃんと弟らしく出迎えてやれ」

 そう言ってアキトは無理矢理ケンシロウの腕を引いて玄関まで連れて行くのだった。


 しかし、マサヒロの姿をその目に留めた瞬間、ケンシロウは照れ臭さのあまり、思わずアキトの後ろに隠れてしまった。

「おい、ケンシロウ。何してるんだよ」

 アキトが小声でケンシロウを叱ったが、マサヒロはスタスタと中に入って来ると、アキトに小さく会釈をした。

「度々お邪魔してしまってすみません」

「いやいや。そんなにかしこまることなんかないよ。ほら、ケンシロウもマサヒロ君が来るのを楽しみに待っていたし。な、ケンシロウ?」

 まるで子どもに話しかけるような口調でそう言われ、ケンシロウは余計に恥ずかしくなり、顔が赤く染まる。

 一方、マサヒロはアキトの話を受けて

「え? ケンシロウが?」

と顔をぱっと輝かせた。


 もうこれ以上アキトの陰に隠れてもいられない。

 ケンシロウはおずおずとマサヒロの前に歩み出た。

「に、兄ちゃん……」

 ぎこちなくマサヒロに声をかけると、彼もはにかんだ笑顔で小さく手を上げた。

「やぁ、ケンシロウ」

 身構えていた割にあっさりした挨拶をマサヒロにされ、ケンシロウは少々面食らってしまった。

「お、おう。兄ちゃん、いらっしゃい」

 ぎこちなくもマサヒロに出迎えの挨拶をし返すと、ケンシロウは「ん」と手を差し出した。

「え?」

 マサヒロはポカンとした顔でケンシロウを見た。ケンシロウはもう一度「ん」と手を差し出す。

「荷物、持つから」

「あ、そういうことか。いいよいいよ。荷物くらい大したことないし」

 マサヒロは笑いながらケンシロウの申し出を断った。

 だが、ケンシロウは無理矢理マサヒロから荷物を奪い取った。

「いいの。これ、龍山荘の従業員としてのサービスだから。ほら、客室まで案内するからついて来て」

 ケンシロウはぶっきらぼうにそう言ったものの、心の中にあったマサヒロに対するわだかまりやつっかえがすっと軽くなり、さらさらと溶け出していくような感覚を覚えていた。

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