4-5 エツコと運命の番

 あれは、今から二十五年程前になるかしら。わたしがちょうどあんたと同じくらいの年頃の時よ。

 当時のわたしもあんたと同じく新宿二丁目で働いていたわ。ホストクラブでね。


 当時のわたしは今のあんたと同じく、世間を、そしてαを恨んでいたわ。

 わたしはΩに生まれたせいで、ずっとαに苛められ、虐げられて来たからね。

 当時は今よりもΩに対する風当たりは強かったから余計にね。


 でもね、αの男なんて、あんなに偉そぶっているけれど、実はどうしようもない男が多いのよ。

 昼間はキリッとスーツを着こなして、エリートぶって暮らしているけどね。

 夜になれば、あんなに見下しているΩに鼻の下を伸ばして、すっかり骨抜きにされてしまう。

 Ωのフェロモン一つで盛りのついた犬のような情けない姿に成り下がる。


 そんなαたちをわたしは心底見下していた。

 だから、あんな下劣な連中、逆にわたしが利用してやろうと思ったわよ。さっさと番を見つけて、わたしらしく好きに暮らそうと思ったわ。

 αなんて、発情期に股を開いてやれば、ほいほい言うことを訊くものだと学んでいたから、やつらをコントロールするなんて簡単なことだと思った。


 でも、そんな時にわたしはあの人に出会った。

 あの人は当時、まだ大学を卒業し立ての会社員でね。αとはいえ、まだまだ会社では新人。お金もなければ、社会的地位も低い。

 二丁目遊びする金なんか当然ありゃしなかったんだけど、会社の飲み会で無理矢理連れて来られたらしくてね。

 わたしの働いていたお店に来たはいいけど、一人、居心地悪そうにもじもじしていて可愛かったわよ。


 でもね、わたしが普段の通り接客であの人にお酒をついであげていた時、偶然手と手が触れ合ったのよ。

 その瞬間、わたしたちは悟ったわ。お互いが運命の番だってね。


 でも、あの人はαの両親の元で生まれ育った「生粋のα」だった。

 Ωに対する偏見は人一倍強かったわ。最初はなかなか運命の番であることを受け入れられずに苦しんだみたい。


 わたしも運命の番だとわかったとはいえ、その意味なんて、思い通りに出来るαがやっと見つかったという程度にしか考えていなかった。

 しもで適当に誘惑しておけば、一生わたしのもの。わたしはやっとこの地獄のような虐げられた日々から抜け出せる。それしか考えていなかった。


 でも、時が経てば経つほど、わたしたちはお互いがお互いを必要とせざるを得なくなった。身体の関係だけじゃなく、精神的な面でもね。わたしたちは驚くほど気が合ったのよ。


 初めこそあの人は偏屈でとっつきにくい人だったけれど、実は一度人を愛すると一途にその身を捧げるような純朴な人だった。

 Ωに対する偏見も、わたしと付き合う中で少しずつ薄らいでいってね。


 わたしは気が付いた。わたしの中にも、αに対する強烈な偏見があったことにね。同じ人間なのに、何か別の生き物かのように見做していた。

 でも、αの彼もわたしと同じように、人生で躓いたり悩んだりする時だってある。

 何もわたしたち変わらないじゃないって、いつしか思うようになった。


 こんな感覚になるなんて、それまでのわたしは考えたこともなかった。

 それは彼も同じだった。わたしたちはまるで磁石のように引かれ合って、もう一生離れられない関係だと思ったわ。


 でも、全てのαがあの人と同じという訳じゃなかったのも事実。依然Ωに対する偏見は強いし、「生粋のα」ともなれば、親は当然α同士の結婚しか許さない。


 わたしとあの人が付き合っていることを知ったあの人の両親が、ある時わたしたちが逢引きしていたわたしの家に押しかけて来た。

 そして強引にわたしたちを引き離し、本人に無断で勝手に親が決めていた縁談であの人はαの女と結婚することになった。


 わたしは運命の番であるあの人を失った。

 発情期は今までに経験したことのないくらい強烈で辛いものになってね。

 大量の薬を飲んで、意識を朦朧とさせながら、なんとかわたしは自分の命を保っていた。


 でも、本当に辛いのは身体のことじゃなかった。

 心の底から愛した人を失ったという喪失感よ。もうわたしは生きる気力もなく、ただ日々を廃人のように過ごしていた。


 だけど、辛かったのはαであるあの人も同じだった。

 わたしへの想いはαと結婚したからといって決して薄れるものじゃない。相当苦しかったんでしょうね。

 最初からそんなに丈夫な人ではなかったけれど、結婚してから急に病気がちになってね。

 結婚してから三年後、わたしはあの人が亡くなったと訊かされたの。

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