2-2 手のひら返し

 マナベ・ケンシロウは二十年前、αの両親の元に生を受けた。

 α同士の夫婦に子どもは生まれにくい中、誕生したケンシロウを両親はそれはそれは大切に育てたのだった。

 ケンシロウが「生粋のα」であることを信じて疑わず。


 ケンシロウには二つ上にマサヒロという兄がいた。

 しかし、マサヒロはαの父がとあるΩの番との間に作った婚外子。

 両親の愛はケンシロウにのみ注がれ、マサヒロに対しては常に厳しい言葉がかけられ続けた。

「ケンシロウはあんなに出来がいいのに、マサヒロはだめだね。やっぱりΩとの間に出来た子でしかない」

「ケンちゃんを見習いなさい。お兄ちゃんなのにマサヒロはちっともしっかりしていないんだから」

 両親は常にそんな言葉をマサヒロにかけ続けた。


 実際、ケンシロウは優秀な子どもだった。

 小学校に入学する前には簡単な漢字を読めるようになり、小学校に入学するとテストでは常に満点を取り続けた。

 勉強だけではなくスポーツも万能で、少年サッカーチームではキャプテンを務めた。

 一方のマサヒロはそんなケンシロウに比べると、平凡な能力しか持ち合わせていなかった。


 そんな中、マサヒロは小学校五年生が受ける検査によって、αであることが判明した。

 両親はマサヒロに一応の祝福をしたものの、こんな時でも話題はケンシロウの将来についてが中心だった。

「マサヒロでもαだったんだ。ケンシロウもαに違いない」

「ええ。ケンシロウは検査など受けなくてもαだわ」

 ケンシロウはその過度ともいえる「生粋のα」の息子としての両親からの期待をその小さな身に受け続けた。

 マサヒロは恨めし気に自分そっちのけで両親の寵愛を受けるケンシロウを見つめるのだった。


 だが、人の人生とは思い通りにはいかないものだ。

 それから二年後にケンシロウが受けた検査でマナベ家に激震が走ったのだった。

 ケンシロウの検査結果の入った用紙を見た両親は戦慄の表情を浮かべた。そこには大きく「Ω」の文字が刻まれていたのだった。

「まさか……。そんなはずは」

「ええ。何かの間違いよ。ちゃんと確認しましょう」

 両親は焦り、ケンシロウを何件もの病院に連れて行った。

 でも、検査を何度受けようが、出る結果は全て「Ω」だった。

 子どもだったケンシロウの目にも両親の顔に絶望が広がっていくのがわかった。


 それから、ケンシロウとマサヒロの関係は逆転した。

 両親はマサヒロにばかり手をかけるようになり、ケンシロウの存在はまるでないものかのように扱われた。

 どんなに小学校でいい成績を取っても、少年サッカーチームで試合に勝っても、両親は彼の功績を褒めることは決してなかった。


 そのうち、ケンシロウは食事さえまともに与えてはくれなくなった。

 学校の給食費も払ってもらえず、修学旅行もお金を出し渋られ、行くことが出来なかった。

「行きたい高校があるんだけど……」

 中学三年生の時、おずおずと両親に切り出したケンシロウに対し、二人はあからさまに嫌な顔をした。

「高校? そんなもの、行きたかったら自分で行けばいいだろう」

「マサヒロの進学塾にやるお金が毎月かかっているのよ。高校の学費なんか出せる訳ないでしょう」


 仕方なく、ケンシロウは自分でバイトをしながら高校に通うことにした。

 だが、この頃からΩとしての身体の特徴が顕著に出現して来た。発情期を迎えたのだ。

 普通の家庭であれば、病院に連れて行かれ、発情抑制剤を処方してもらうところだ。

 ところが、ケンシロウの両親は病院に彼を連れて行くことさえ拒んだのだった。


 月に一回の発情期。周囲にフェロモンの香りをまき散らし、体調は著しく悪化する。

 ケンシロウが通う高校は地元で一番の進学校だったため、周囲の生徒はほとんどがαだった。

 αの生徒たちはそんなケンシロウを嘲笑い、時に彼を性的に痛めつけようとまでした。

 しかしどんなにケンシロウが学校に訴えようと、学校はαの生徒を守り、Ωのケンシロウを切り捨てた。

 αだろうがΩだろうが平等であるという学校の校訓などただの建前でしかないことをケンシロウは嫌という程思い知った。

 最早ケンシロウには誰にも何処にも頼るべき場所がなかった。


 ケンシロウは悟った。

 Ωがαと同じ様に自由に生きていくことはこの社会では不可能だ。

 もし、人並みの人生を送るのであれば、番となるαを見つけ、自分の社会的ステータスを上げる以外に道はないと。


 ならば、逆にΩである自分がαを利用して人間らしい人生を手に入れてやる。

 散々自分をコケにしたα様とやらに逆襲をかけてやる。

 ケンシロウはそう決意をしたのだった。

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