7-6 自己嫌悪

 アキトの父親だというそのサダオという男は、あの優しいアキトからは想像も出来ない程威圧感のある風体で、ケンシロウをまるでゴミでも見るかのように見下して来た。

 明らかにケンシロウのことをよくは思っていない様子が見て取れる。


「あ、あのう……」

 どう返事をすればいいか戸惑っていたケンシロウに対して実にあけすけにサダオは話し始めた。

「君とアキトの関係は全て知っている。君がアキトにとっての運命の番だということをね」

「そ、そうですか……」

「君がこの病院に何故運ばれたのかということもわかっている。アキトがこう話してくれたよ。君に発情促進剤を飲ませたとね」

「え、アキトが……」


 その話を訊いて、ケンシロウはやっとアキトがどう手を回して発情促進剤の話を収めたのかがわかった。彼がケンシロウの罪を全て被ったのだ。

 オレのためにアキトが……。

 ケンシロウは驚きと共に、アキトにそこまでの自己犠牲を強いることになっていたことへの罪悪感が込み上げて来た。


 そんなケンシロウの様子をしげしげ眺めながら、サダオは続けた。

「だが、私にはアキトが嘘を言っているようにしか見えないんだ。アキトは新宿二丁目に行った時に薬を手に入れたと言っていた。だが、彼はそんな危ないモノに手を出すような人間ではない」

 サダオは全てを見抜いているようだった。

 鋭く突き刺すような冷たい視線がケンシロウを突き刺す。

 そして、サダオは事の核心に触れる問いをケンシロウに投げかけた。

「君、アキトをたぶらかすために発情促進剤を自分から飲んだね?」


 やはりそう来たか。ケンシロウはそう思った。

 だが、もう真実を隠そうとは思わなかった。

 ここまでケンシロウの秘密を見破った鋭いアキトの父親に、これ以上真実を隠す意味はない。

「はい……」

 ケンシロウは力なく頷いた。

 それを見て、サダオは大きな溜め息をついた。

「やはりだね。おかしいと思ったのだよ。Ωとの関わりなど一切望んでいなかったアキトが何故いきなり番など作ったりしたのか」

「……すみませんでした……」

 ケンシロウは消え入りそうな声でサダオに謝った。


 サダオはいかにも疎ましそうにそんなケンシロウを見下ろした。

「謝って貰っても過去を変えることは出来ない。もう起きてしまったこと。こればかりはどうすることも出来ない事実だ。君が発情促進剤を違法に入手し、アキトを焚き付けたことも、今更荒立てるつもりもない。そんなことをしてもアキトが反発をするだけだからな」

 とりあえず、サダオはケンシロウを警察に突き出すつもりはないらしい。


 だが、次に来る言葉をケンシロウはもうわかっていた。

「しかしだ。もうアキトに近付くのはやめてもらいたい」

 やっぱりそうだ。

 サダオのような社会的地位の高い年配のαはΩという存在自体を嫌悪している。

 そんな人に都合良くアキトとの仲を許して貰える訳がなかった。

「これ以上、ニカイドウ家の名誉に泥を塗る訳にはいかないのだよ。しかも、寄りにも寄ってアキトが新宿二丁目でΩの君に篭絡ろうらくされただなんてことが世間様に知られたら、とんでもないことになる」

 サダオはギロリとケンシロウを睨み付けた。


「そもそもだね。君は発情促進剤の大量服用で、だいぶ身体にガタが来ているんだ。君程子宮が収縮した状態で運ばれて来る患者も珍しい」

「……どういうことですか?」

「この分でいけば、君は未来永劫、子どもを妊娠することが出来ない可能性が高いのだよ」

「え……」

 そんな話は主治医からも訊いていない。恐らく、アキトと示し合わせてケンシロウに本当のことは隠そうと決めたのだろう。

 ケンシロウはあまりの驚きに言葉を失った。

「後継ぎも生めないΩとの交際を、私はアキトに許可することはない。これ以上、ニカイドウ家をかき回すのをやめて貰いたい」

 アキトとの子どもを身籠ることが出来ない。あまりにもショックだった。ケンシロウの目の前が真っ暗になる。


 そんなケンシロウに追い打ちを掛けるようにサダオはとどめの一言を発した。

「大体、君はアキトの人生を潰すようなことしかしていないじゃないか。私が手を回さなければ、君の代わりにアキトが犯罪者として扱われていたのだぞ。君がアキトのそばをうろつくだけで、アキトの人生に汚点がつくのだ。君の存在はアキトの将来にとって邪魔なだけだ」

 その通りだ。

 アキトは一歩間違えばケンシロウの代わりに警察に捕まっていた所なのだ。無実の罪を被って。

 しかも、ケンシロウはアキトにもう何も与えてあげられるものはない。彼の子どもを身籠ることすら叶えてやれない。

 そんなケンシロウと一緒にいてアキトが幸せにどうしてなれるだろう。


 ケンシロウは今まで自分がアキトと共にいることがひたすら幸せだった。

 だが、アキトの幸せを顧みることなど一度もなかったのだ。

 何と自分は自己中心的な人間だったのだろう。

 ケンシロウの中で自己嫌悪が募った。

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