11-2 サチの動揺
一方、アキトの両親はアキトの両親で、アキトが本当に二人と縁を切ると言い出すとは思っていなかったらしい。
アキトが引っ越し準備のために荷物をまとめに戻ると、父サダオは苦虫を噛み潰したような表情で彼を遠巻きに見るのだった。
だがその高いプライドが邪魔をしてか、自分からアキトに話を切り出すようなことは絶対にしなかった。
一方の母サチはすっかり狼狽し、アキトの周囲をおろおろと行き来しながら彼に考えを改めるように何度も迫った。
「お願いよ。ちゃんとあの人に謝ってちょうだい。今ならまだ仲直りも出来るわ。あのΩの子とは別れて、きちんとニカイドウ家の一人息子として研究者になるって約束してちょうだい」
「俺はケンシロウと別れるつもりも親父と仲直りするつもりもないから。お袋が俺のもう一人のお袋を平気で捨てたようなこと、俺には出来ない。だから放っておいてくれ」
けんもほろろに拒絶され、更に触れられては都合の悪い過去をチクチク刺激されたサチは怒り出した。
「このまま本当に家を出るつもりなの? 仕事もないのに、大学院の学費はどうするのよ?」
「大学院なら辞めた。仕事も見つけたから心配しないで欲しい」
「なんですって!?」
サチが叫んだ。
「大学院を辞めた? 仕事を見つけたって、どんな仕事をするつもりなのよ?」
「そんなこと訊いてどうするんだよ。もう俺はあんたたち二人とは親子関係を切ったんだ。俺が何処で何をしようが、二人には関係ないはずだ」
「そんなこと言わないでちょうだい。ずっとあなたをここまで育てて来たのはこのわたしなのよ? 簡単に親子の縁を切るなんて言わないで」
今度は泣き落としと来た。アキトはいい加減にうんざりして来た。
「だったら、俺とケンシロウの仲を親父とお袋で認めてくれ。別にΩと結婚するαなんて、世の中にはいくらでもいるだろう。いつまでもα同士の結婚にこだわっているなんて時代遅れだ」
この状況を打開する唯一の、そして最も簡単な方法をアキトは提示したはずだった。
しかし、この提案を出すなり、サチは黙り込んでしまうのだった。
結局事は何も進展せず、アキトがとうとう荷物を全て長野の龍山荘に送り、完全にニカイドウ家を後にする日がやって来た。
引っ越し業者がアキトの部屋からどんどん荷物を運び出していく。
その様子を相変わらず苦々しく居間の奥に座って眺めているサダオと、落ち着きなくアキトの周囲を舞い回っているサチを横目に、アキトはテキパキと業者に指示を出していく。
さすがは引っ越し専門業者だ。
そもそもアキト一人分の荷物しかなかったのもあり、トラックへの積み込み作業はものの五分程度で終わってしまった。
「では、お引越し先の長野には明後日の午後にお届けに参りますので」
そうアキトに挨拶をして、業者はマンションを後にした。
ところが、その「長野」というワードを訊いた瞬間、サチの顔色がサッと変わった。
「あ、あなた、長野に引っ越すの?」
「そうだけど? 別に俺が何処に行こうが、お袋には関係ないだろ」
アキトは飽くまでも冷たくそう返事をし、マンションを出ようとした。
「そ、そんな……。一体、長野の何という街に行くの? 長野でどんな仕事をするつもりなのよ?」
しきりに「長野」にこだわるサチにアキトは不信感を抱いた。
「長野に俺が行くことに何か問題でもあるのか?」
「い、いえ……。ただ……」
サチは何やら答えにくそうに口ごもる。
「問題ないなら、俺はもう行くぞ。じゃあ、今までお世話になりました。どうぞお元気で」
アキトは儀礼的に頭を下げると、マンションの外に出た。
「ちょっとアキト、アキトったら!」
サチが玄関先まで追いかけて来たが、アキトはもう立ち止まらなかった。
いつまでも煮え切らない話を繰り返し、アキトを引き止めようとするサチにはいい加減腹に据えかねていたのだった。
それにしてもアキトが長野に引っ越すことにどんな不都合があるというのだろうか。
アキトは少し気になったが、今は少しでも早く、この息詰まるような家を離れたかった。
エツコのバー
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