5.Side アキト ー切れかけた糸ー
5-1 眩しすぎるΩ
ケンシロウの人生を一通り訊いたアキトは何重もの意味でショックを受けていた。
これまで、アキトは何不自由ない生活を送って来た。
両親の期待に応えられず、時に失望させ、αたちの中で落ちこぼれたと劣等感に苛まれたとしても、高校を卒業し、大学に入り、今では大学院にまで通わせて貰っている。
だが、そんな自分がどれだけ恵まれているかなんて、まともに考えたこともなかった。
ケンシロウは違った。
Ωであるというだけで両親からも棄てられたも同然の扱いを受け、社会からも疎外され、結果として新宿二丁目で売り専ボーイに身をやつしている。
Ωはαに寄生することばかり考えている連中だ。
そんな風に見下していたのは、とんだ思い上がりだった。
Ωはそうでもしなければ、まともに生きることが出来ないのだ。ただ生まれた性が「Ωである」というたった一つの理由で。
それを可哀想だと思うのも思い上がりだと感じた。
ただ、それでもこの世界で生きるためにがむしゃらに生きているΩとしての人生に、今のアキトは圧倒されるしかなかった。
アキトの運命の番となったケンシロウ。彼はΩではあるが、彼にも感情があって、自分の生活があって、必死に前を向いて生きている。
アキトなんかよりよっぽどがむしゃらにひたむきにこの世界を生きていた。
それに比べてアキトはどうだろう。
どうやって生きていけばいいのかということにすら答えを見出せていない。ただ、両親の期待に応えるために、大学院まで惰性で通っている。
そんな自分の人生など、高校すらまともに卒業することが出来ずとも必死に日常を生きているΩの人生を前にすれば恥ずかしくてたまらない。
自分が本当にどう生きたいのかということすらわからず、ただ無駄に時間を過ごしているなんて、どうしてケンシロウに話せるだろう。
アキトはΩも性別こそ違えど、自分と同じ人間であり、彼らには彼らの人生があるという当たり前のことを忘れていた。
Ωは決して「人もどき」ではない。歴然とした「人」そのものだ。そこにαとの差異はない。だからこそ、人生の価値にも優劣はない。
一生懸命日々をひたむきに生きている姿は、アキトには途轍もなく眩しかった。
アキトは悟った。
Ωより自分の人生の方がマシだと思うことで、自分の劣等感を紛らわせて来た。
だが、それは全くの見当違いもいい所だったのだ。
もうアキトはまともにケンシロウの顔を見ることが出来なかった。
こんな自分がケンシロウの運命の番として大きな顔をしていることなどおこがましいとさえ思った。
「アキト、大丈夫?」
そんなアキトの様子に気付いたのか、ケンシロウが心配そうに訪ねて来た。
「ああ、大丈夫だ。すまん。今日はちょっと帰らせてくれ」
アキトはもうそう答えるのが精一杯だった。碌に別れの挨拶もせず、逃げるようにケンシロウのアパートを後にした。
無様だった。アキトは運命の番の前から逃げたのだ。
自分が情けなくてどうしようもなくて、思わず帰りの電車の中で涙に視界がぼやけた。
俺はもうケンシロウの前には出られないな。
アキトは涙を流しながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
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