18-3 皆を幸せにするケンシロウ
病院から戻る車中でアキトはすっかり上機嫌になりはしゃいでいた。
「まさかケンシロウにあかちゃんが出来ちゃうなんてなぁ。ということは、俺、パパになるってことだよな? 俺がパパか。大丈夫かな?」
いかにもケンシロウに「大丈夫だよ」とでも優しく甘やかして欲し気な口ぶりだ。だが、ケンシロウは
「大丈夫じゃなきゃ困るんだけど。途中で逃げ出されたらオレ、絶対アキトのこととっ捕まえてめためたにしてやる」
「ケンシロウ、怖い怖い」
アキトはアハハと笑い声を上げるのだった。
ケンシロウは今からでも想像がついた。アキトは逃げるどころか、きっと子煩悩な父親になるだろうことが。
「でも、オレたちまだ結婚していないのに子ども作っちゃって、これで婚姻届けを出しても出来ちゃった婚だって言われちゃいそうだな。オレ、
ケンシロウは浮かれるアキトにポツリと不安を零した。
妊娠出産をきっかけに結婚するカップルは「出来ちゃった婚」と世間では
そのカップルの内一人でもΩがいれば、更に白い目で見て来る人間は多そうだ。
「言わせておけばいいさ。俺たちは結婚前提で付き合っている訳だし、ケンシロウは妊娠も難しいって言われていたんだ。妊娠した時が俺たちが結婚するタイミングで良かったんだよ。そうじゃなきゃ、龍山荘の仕事をお袋から引き継いで、仕事を軌道に乗せて、なんて考えていたから、いつになったら結婚に漕ぎ着けられるかわからなかったしな」
世間の声を心配するケンシロウとは対照的に、アキトは実にあっけらかんとしていた。
今では
最初出会った時のあの偏屈さが嘘のようだ。
ケンシロウは今まで突っ張って生きて来てはいたが、やはり心の何処かで自分がΩであることに引け目を感じていたこともまた事実だった。
そんなケンシロウにとって、アキトのそんなケロッとした一言はいつもその心をスッと軽くするのだった。
二人は早速役所に婚姻届けを提出しに行くことにした。
孫が出来たことに、そしてアキトがとうとうケンシロウと籍を入れたことにアケミもすっかり舞い上がってしまった。
「ケンシロウ君がわたしの息子になるのかぁ。これでわたしはおばあちゃんになってしまうのね」
残念そうに言いつつも、その声はいつになく弾んでいた。
「結婚式はどうするの? 引き出物の準備しないとね。そうだ。会場はどうするの? こんな田舎じゃ結婚式場なんてないし、麓の街の式場を予約するにしても早くしないと。街といってもこの辺りじゃ唯一の式場だもの。きっと半年先まで予約でいっぱいだわ」
アケミに結婚式の開催をせっつかれ、アキトとケンシロウは苦笑した。
「結婚式なんてまだ考えられないよ。龍山荘の仕事も大変だし、何よりこれからはケンシロウも身体を一番に
アキトがそう答えたが、アケミはすっかり興奮状態で更に二人に捲し立てた。
「そうだわ! 出産までに準備することはたくさんあるわよね。ベビーベッドを買いに行かないと。玩具はどんなものがいいかしら? あかちゃん着はどんな色がいい? ああ、でもまだ性別がわからないと揃えようがないわね。あ、そうそう。一番大切なものを忘れていたわ! 哺乳瓶! これは必須ね。後おむつも忘れちゃいけないわ」
アケミはもう先のことにいろいろ気を回して大騒ぎをしている。嬉しくてたまらないのだろう。ケンシロウの妊娠が発覚してからずっとこんな調子だ。
アキトとケンシロウの結婚と妊娠を喜んでくれたのはアケミだけではなかった。
田舎の山村のこと。
若い番が二人引っ越して来たことだけでも集落中の人たちの注目を集めたアキトとケンシロウだったが、結婚し、子どもまで出来たとなると村総出のお祭り騒ぎとなったのだ。
限界集落と言われるような山の中の小さな集落において、若い夫婦や子どもの存在は貴重だ。
ケンシロウはマサヒロとエツコにも結婚と妊娠を報告した。
すると、マサヒロは連絡を受けたその日の内にケンシロウの元に駆けつけた。
エツコはバーのカウンターに立たなくてはならないため、すぐにケンシロウに会いに来ることは出来なかったが、電話の向こうで涙ぐみながら、ケンシロウへの心からの祝福の言葉をかけてくれたのだった。
皆が皆笑顔だった。
家族も近所の人も皆がケンシロウのアキトとの結婚と妊娠を喜んでくれている。
自分が何かをしたことで周囲の人間をこれ程まで喜ばした経験のなかったケンシロウにとって、それはとても新鮮に映った。
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