7-7 ケンシロウの決意

 結局、ケンシロウはαがΩと同じ人間として見ていないことに腹を立てつつも、自分もαのことも同じ人間として認めていなかったのだ。

 発情促進剤を使ってアキトを手に入れようとしたのも、そもそも彼を自分の人生に利用しようと企んだだけのこと。

 アキトがどうなろうと、自分さえ幸せになれればよかった。


 でも、アキトも自分と同じ人間なのだ。

 ずっと二人で心を通い合わせて来たからこそわかる。

 彼もケンシロウと同じく人生に悩み、苦しみ、それでももがきながら一生懸命生きている。

 そんなアキトを後少しで犯罪者に仕立て上げる所だったのだ。

 その深刻性をこの時になって初めて悟る自分の浅はかさに自己嫌悪の念が募る。


「わかりました。もうアキトさんの前には二度と現れません」

 ケンシロウは掠れる声でサダオにそう告げた。

 サダオはそこでやっと少しばかり安堵した表情を見せ、締めていた鍵を開けた。

「ありがとう。何、心配することはない。番を解消しても、今では新薬も次々に開発されてきている。今までよりも君たちが健康に長生き出来る可能性も更に広がるだろう。まだ君も若いのだ。頑張って生きていきたまえ」

 サダオはそう言った。


 違う。そんな問題じゃないのだ。

 新薬が出来て長生き出来た所で、運命の番を失って心にポッカリと開いた穴は一生塞がるものではない。

 まるで身を切られるような苦しさに、身の置き所のない悲しみが込み上げる。

 こんなことなら、病院に運ばれることなく死んでいた方がマシだった。アキトと番になどならずに、一生独り身で日陰の存在として生きた方がまだマシだった。

 もうケンシロウの人生には希望などない。ただただ死ぬまでの長く空な時間があるだけだ。

 こんなことなら、無駄に薬で命など延ばさなくていい。このまま衰弱し、早く死んでしまっても構わない。

「アキト……。ごめんね……」

 ケンシロウは病室に戻ると、ベッドの中に潜ってひたすら泣き続けた。


 翌朝、ケンシロウはアキトが見舞いに来る前に、主治医に退院を申し出た。

 主治医はもう一日様子を見たいと言ったが、大分調子もよくなっていたこともあり、退院を了承して貰った。


 一刻も早く病室を後にしなければならなかった。アキトに会う前に。

 もう二度とアキトと顔を合わせることも言葉を交わすことなどないと決めた。

 それでも、どうしてもアキトとこのまま別れることに後ろ髪を引かれてしまう。

 ケンシロウという運命の番がいたことをこれからもずっと忘れずにいて欲しい。

 そんな気持ちがキッパリとアキトとの縁を断ち切ろうとする意志を邪魔した。

 ケンシロウはせめてアキトに最後に一言だけ言葉を伝えたいと思った。

 病室を出る直前、彼は一枚のメモ用紙にアキトへのメッセージを書き付けた。

『アキト、突然いなくなってごめんね。アキトと出会えて幸せだった。さようなら』

 そこまで書くとケンシロウは涙を禁じ得ず、声を押し殺して泣きながらベッドの上にそのメモ用紙を置き、足早に病室を後にしたのだった。

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