12-5 ケンシロウの変化
結局アキトはケンシロウと他愛もない話しか交わすことが出来ず、翌朝を迎えていた。
宿泊客のためにアケミと一緒に朝食を準備し、宿の一画にある食堂で提供する。
アケミは昨日アキトが収穫し、龍山荘の裏手のせせらぎで洗った野菜を使って簡単な煮物を作り、あっさりとした朝食にぴったりの和食に仕上げてみせた。
いつものことながら、アケミの手際よく美味しいものを作る料理の腕には見惚れてしまう。
アケミは昨日の話には一切触れることはしなかったし、アキトに変な気遣いを見せることもしなかった。
いつも通りの朝の光景だ。
アキトも何事もなかったかのように振舞いつつも、アケミの表情や動きに何か変わった所がないか、ついつい気にしてしまうのだった。
だが、龍山荘での仕事に追われる内に、いつの間にかアキトからはそんな雑念は取り払われてしまった。
というのも、龍山荘は小さい民宿ではあるものの、なかなか仕事はハードなのだ。
宿泊客が全員チェックアウトを済ませると、アキトとケンシロウは客室の清掃に追われる。
布団を干し、部屋に掃除機を掛けたり廊下の雑巾がけをし、シーツを洗濯する。
屋内だけではなく、庭の植物の手入れや雑草の処理に隣の土地の畑仕事などもアキトとケンシロウの仕事だ。
夏真っ盛りのギラつく太陽の元で、アキトもケンシロウもすっかりこんがりと日焼けしてしまった。
東京で暮らしていた頃は、アキトはずっと大学に籠っていたし、ケンシロウは夜の街で働いていたため二人の肌は真っ白だった。
だが今や二人揃って小麦色の肌を湛え、まるで健康優良児のような見た目になっている。
午後は午後で、夕食の材料を仕入れるために買い出しに行き、次の宿泊客が来る前に客室を整える。そうこうする内に到着する宿泊客を出迎え、宿の中を案内したり、茶を出してもてなしたりと、仕事は次から次へと舞い込んで来るのだった。
そんな忙しい日々が続く中、いつしかアキトはアケミの過去について詮索しようという気はすっかり失せてしまった。
しかし、いつも行動を共にしているケンシロウはいつしかいつもの天真爛漫さを失い、むっつりと考え込むことが多くなっていた。
いつもは仕事を体よくアキトに押し付け、せせらぎで水遊びに興じたり、好き勝手しているのだが、今ではぼんやりと物思いに耽ることでアキトに仕事を押し付けている。
結局アキトがケンシロウがサボった分の仕事量が増えるのはいつものことなのだが、どうもその様子が気になって仕方がない。
「ケンシロウ、最近何かあったのか? 仕事中も今みたいにボウッとしてることが増えたよな」
あまりにもぼんやりしている回数が増えたことケンシロウが流石に心配になったアキトはその訳を尋ねた。
「あ、いや。何でもない」
ケンシロウは少し焦ったように誤魔化すと、素直に仕事に復帰した。
可笑しい。
いつもだったら、仕事をサボっていることを指摘されても、上手いことアキトを言いくるめてしまうのに。
こんなに素直なケンシロウは不気味だ。
だが、何度尋ねてもケンシロウがアキトの問いに満足に答えることはなかった。
アキトはそんなケンシロウに次第に苛立ちを募らせた。
ケンシロウは運命の番だし、それ以上に大切な恋人だ。家族を棄てて家を飛び出して来た境遇も同じであるし、今最も互いを信頼し合える唯一無二の家族的存在でもある。
それなのに、こんなに隠し事をされて気持ちがいい訳ない。
「なぁ、ケンシロウ。お前が何かを隠していることは俺はもうわかってるんだよ。お前が何を言っても俺は受け入れるから、話してくれないか?」
一日の仕事を終え、朝起きるまでの束の間の休息時間を得たアキトはケンシロウに懇願した。だが、
「な、何も隠してないよ」
と言ったっきり、ケンシロウは布団を頭から被って寝てしまい、結局話を訊き出すことは出来ず終いだった。
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