第十二話
「ていうことで、今日の放課後四人で顔合わせするから」
翌日の昼、学生会館3階の学生食堂。
「お前なんでそんな大事な話こんなギリギリになってすんだよ!」
「誘うの忘れてたんだもん、仕方ねえじゃん」
馨は思わず苦笑いした。
寧々のことで頭が一杯になっていて、目の前にいる悠大をバンドに誘うのをすっかり忘れていたのだ。
「いやまあいいけどさ! へへ、
「え、そうなの」
自分の知らない情報に、心が騒めいた。
悠大は仰々しく頷く。
「そーだよ、
「だから、口説いてないって」
「あ! 鉈ちが言い出しっぺってことは、あいつももしかして狙ってんのかなー?」
「それは知らないけど」
悠大と違って、
だが確かに、彼女の可愛さは誰が惹かれてもおかしくない。
「あの子純粋そうだよな! 彼氏もいなさそうだし、男慣れしてない感じすごい伝わってくるもん! お前も話しててそう思わなかった?」
「そんなこと考えながら話してないから分かんねえよ」
彼女との会話を思い返すが、ほとんど可愛かったという記憶しかない。
「安心院さんかー、楽しみだなー! ……あれ、そういえば俺のパートって何!?」
「それ最初に気にするところだから。ちなみにベース」
「おっ! じゃあお前がギターとボーカルか」
にやにや笑いを引っ込め、悠大は少し遠い目をした。
「お前とバンドやれるなんて、念願叶ったなー。今まではお前の親父さんが許してくれなかったしさ!」
「うん。そうだな」
「まあ、なのに肝心の俺を誘うの忘れてたみたいですけど?」
「それは、マジでごめん」
◇
午後4時を過ぎた頃。
馨と悠大、鉈落、そして寧々は学生会館の2階にいた。
全体がラウンジになっているこの階は、大体1階の購買部で何かを買ってきて
そこに設置されている丸テーブルで、四人は軽く挨拶を済ませたところだった。
「ちなみに皆は、
鉈落が三人に向かって尋ねる。
「6月末にやるってのと、何か色々制限あるって聞いたぜー。入部希望してる1年の人数が多いからって」
悠大が答えると、鉈落は少し困ったような顔をして頷いた。
「そうそう。各個人組めるバンドは1つで、曲数の制限も設けるみたい。まだ確定じゃないけど、2曲が精一杯って言ってたよ」
「少なっ! もうちょっとやりたくねー?」
「でも仕方ないよ、ほんとに人多いみたいだから。……それでさ、今日はできたらどんな曲やりたいかとか、方向性決めておきたいなと思うんだよね」
鉈落は出してあったメモ用紙に「やりたい曲」と書いた。
「馨は何かある? 実際、ボーカルが歌えるっていうのが大前提だし、希望あったら聞いときたいな」
「あっ、はい。うーん、希望か」
最初に意見を求められ、馨は居住まいを正す。
当然ながら意識は向かいに座る寧々の方にあって、まだ考えはまとまっていなかった。
「俺は……わりと何でもいいかな。デスボイスとかはさすがに無理だけど」
「はは。そういうジャンル、warehouseでやる人いなさそうだよね。よく歌うのは誰の曲?」
「最近のアーティストだったらNewluminousとか、Awful Company……だいたいJ-ROCKかな」
馨がそう言うと、向かいでずっと聞きに徹していた寧々が身じろいだ。
自分の好きなアーティストの名前が挙がったことに反応したのだろう。
「Awful Companyか。なかなか高音もいけるんだ」
「んー。D5くらいまでの音なら、歌として出せると思う」
「おお、じゃあやりたいね。あれかっこいいよね、いきなりボーカルから始まる曲」
鉈落が嬉しそうに話しながら紙にアーティスト名を書く。
すると、そこでやっと寧々が少し身を乗り出した。
「わ、私も賛成っ。Awful Company大好きなの。キーボードも弾いてて楽しいしっ」
「そうなんだ! じゃあもうこの辺りから決めてこ──」
「ちょい待ち、ちょい待ち!」
悠大が手を挙げて鉈落を遮る。
「それなら俺、洋楽もやりたい! 有名どころでいいからさ! ほら、Sweetplayならキーボードの曲もかなりあるし」
「おお、なるほど。安心院さんは知ってる?」
「ご、ごめんなさい、曲聴いたことないかも……」
鉈落の問いに寧々が困り顔で首を横に振ると、
「全然大丈夫! 俺CD持ってるから貸したげる! めっちゃ良いから!」
悠大が軽い調子で言った。
その言葉で、寧々の表情は明るくなる。
「ほ、ほんと? ありがとう、
「楽譜もあるから貸すよ! おススメに
「わぁ、嬉しいっ。ありがとう」
「今度持ってくるから!」
気負うことなく彼女と会話する悠大が羨ましい。
しかし、馨はもうそれほど焦ってはいなかった。
親しくなっていく機会はいくらでもある。
彼女とはこれから、同じバンドのメンバーとして関わっていけるのだから。
◇
しばらく互いに意見を出し、ある程度まとまったところで話し合いは終わった。
今日候補に出たアーティストの曲を各々聴いてから、補欠曲を含めて決定していくこととなった。
「あ、そういえば! 俺と鉈ち、このあと先輩達にメシ誘われてたんだけど、馨と安心院さんも
解散しようとしていたところで、悠大が声を上げた。
馨はすぐには誘いに乗らず、彼に質問を返す。
「先輩って、誰が来るの?」
「ああ! うーんと、
「行かない」
「えっ?」
「行かない」
馨は首を横に振った。
澤田までならかろうじて行ったかもしれないが、高蜂谷以降の名前を聞いて漠然と身の危険を感じた。
メシと言いつつ、その実は飲み会なのだろう。
酒の入った彼らに絡まれるのは御免だった。
「そんなビビるなよ! 他に1年もわりといるからさ、大丈夫だって」
「いや、俺は行かない。恐すぎる」
「何だよ〜、先輩とは仲良くしとかんとダメよ? ね、安心院さんは行くよね!?」
彼の矛先が今度は寧々に向いてしまう。
魔の巣窟にいる彼女を想像するだけで可哀相だった。
問い詰められた寧々は、まごついて視線を泳がせる。
「あ……えっと、あのっ」
「安心院さんならきっと先輩達も優しくしてくれるから! 色々と力加減が分かんなくて捻り潰しちゃったりするだけで、取って食われるワケじゃあるまいし大丈夫だって!」
「ひっ……嫌……っ」
寧々は体を縮こまらせ、激しく首を横に振る。
「ご、ごめんなさいっ! 無理ですっ! それじゃあお疲れ様っ……!」
悠大の努力も虚しく、彼女はばっと頭を下げるとラウンジから逃げていってしまった。
「え!? 逃げるほどかよぉ〜……」
「そりゃ捻り潰されるって聞いたら逃げるよ」
鉈落が苦笑いで言う。
馨も執拗に縋られる前に踵を返した。
「じゃ、俺も帰るわ。二人とも頑張って」
「おいマジか、お前もかよ馨! この薄情者! ビビり! ノリ悪太郎!」
妙に腹立たしい罵り言葉を背中に浴びたが、魔窟に行くよりはずっとましだった。
馨は学生会館をあとにして、大学の北門のなだらかな階段を降りた。
地下鉄の駅に行くには、正門ではなく北門から出る方が近い。
駅に繋がるサイクリングロードに出られるからだ。
薄暗くなり始めて、照明のついた階段。
そこを、下から駆け上がってくる人物がいた。
思わず立ち止まる。
よく見るとそれは、今しがた慌てて帰っていったはずの寧々だった。
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