第二十九話
水の滴る古びれた暗い下水道に、足音と荒い息遣いが響く。
暗がりから
綺麗でまっすぐなブロンドの髪や白い頬には、大量の返り血が付着している。
『私が仇を取る。全部、終わらせてやる』
彼女はそう言って、血で汚れた鉄パイプを握り締めた。
──そこで画面が暗転し、動画が終わる。
隣を歩いていた
「どうよ、馨。その女の子、誰だか気づいた?」
「……もしかして、エナ?」
「当たり!! いやまあ公式は何も言ってねえんだけど、この動画から推測して、この子はほぼ確実にエナなんじゃねえかって言われてる。しかも今回主人公である可能性が高い」
「……なるほどな」
地下鉄を降りた二人は、馨の家を目指して夕方の住宅街を歩いていた。
その道すがら携帯で、ゲーム会社が出した意味深な予告動画を観ていたのだ。
エナとは、ホラーゲーム『
一作目では彼女はまだ幼かったが、たった今観た動画ではかなり成長した姿をしていた。
「でもこれがエナだとして、『仇を取る』ってどういうこと?
馨がそう問うと、悠大は残念そうに一度頷いた。
「そんな気がすんだよなぁ。『
「あー。あり得そうな話だな」
エナは幼い頃は病弱で、車椅子に乗って生活をしていた。男手一つで育ててくれた父のため、エナは自分の足で歩けるようになりたいと願う。
そんなとき、その願いを叶えると言ってとある人物がエナに近づいてきた。
その正体は、信仰する『神』を復活させるための『器』を探していたカルト集団の人間で、エナは騙されてついて行ってしまう。
娘がいなくなったことに気づいた父ジャックが、僅かな手がかりを頼りに助けに向かう。
それが一作目のストーリーだった。
「でもよぉ、せっかく助かって平和に暮らせてたのに、父さん殺されたってキツすぎねえ? 最初この動画見て気づいたとき俺マジで泣きそうだったもん」
悠大の言葉に馨は内心同意していた。
凄惨な悪夢から生還した父と娘は、より強い絆で結ばれた。しかし、その出来事はつらく苦しいものだったに違いない。
それが再び悪夢に見舞われ、今度は父を奪われたのだとしたら、彼女の悲しみや怒りは計り知れないだろう。
「復讐か……後ろ向きなテーマだな」
馨が思ったことをそのまま口にすると、悠大は唸りながら金茶色に染まった頭を掻いた。
「だよなぁ。暗いわぁ。目的を達成しても大事なものが戻るわけじゃないってのが、なかなか鬱」
「虚しいラストにならなきゃいいけど」
「だな〜。公式はまだ何も言ってねえし、この動画もミスリード誘ってるかもだし、続報に期待しとくかぁ」
「まあそうね」
「あー! アレコレ考えてたら余計にもう一回プレイしたくなってきたー! 早くお前んち行こうぜ! 走れ走れ!!」
言うや否や悠大は駆け出したが、馨は面倒だったので特段それに付き合わず、自分のペースで歩いた。
◇
夕食とシャワーを済ませたあと、二人はリビングのテレビの前に布団を敷いて座った。
傍らには缶ジュースや菓子を満載にしたローテーブルを置いており、長期戦への備えは万全だ。
北海道の実家にいた頃もこうしてよく二人でゲームをして遊んでいたため、場所は変われど慣れた景色である。
隣に座る悠大がゲーム機の電源を入れる。
テレビ画面にメーカーのロゴが現れ、起動音が流れる。
続いて、ノイズのかかった不気味で郷愁的な音楽と共に『
朽ちた洋館や這い寄る異形の映像、車椅子に乗った少女の後ろ姿。
それらが物語の不穏さを助長する。
二人はあっという間にその奇妙な世界に落ちていき、長い夜が始まった。
◇
「おーい、馨! 起きろや!」
深夜2時を回った頃。
横になっていた馨は、悠大の呼びかけでうたた寝から目覚めた。
「ふあっ……? 何?」
テレビ画面の中では、悠大が操作する主人公が廃墟と化した教会を探索していた。
悠大はテレビに目を向けたまま不満げな顔をする。
「何じゃねえ、お前今寝てたろ!」
「や、起きてる起きてる」
「嘘つけ! じゃあ今俺が何の話してたか分かるか?」
「……。えーと……」
「やっぱ寝てたんじゃねえかよっ」
ノールックで繰り出される悠大の左手を回避して、馨はどうにか起き上がった。
頭を振って眠気を払う。
「ごめんて……。で、何の話してたの」
「だぁから、『修道女のメモ』の話! この教会で手に入るやつ! 覚えてっか?」
「あぁ……そんなのあったな。ゲームクリアに関係ない収集品ね」
「そーそれ! あれさ、『神の名は、再生や回復を意味する言葉である』って書いてるけど、俺それ『エナ』だと思うんだよ! だってエナはラストで車椅子じゃなく、自力で歩けるようになったんだぜ? 神を降ろす儀式で神と混ざりかけて、足がその力で『回復』したってことじゃん。もうこれってさ、エナが回復の象徴として描かれてて、その名前自体が──寝るなぁー!!」
馨は、座ったまま再び眠りかけていた。
途中までは悠大の話を把握していたが、後半はまるで子守唄を聴いているようだった。
怒鳴りつけられて、やっとまた目を開ける。
「あ、悪い、何……? もっかい言って」
「ざけんな! これ飲んで目ェ覚ませや!」
「うーん……」
悠大に手渡された飲み物を緩慢な手つきで口にする。
しかし一瞬すっきりしただけで、体は変わらず強く睡眠を求めた。
「駄目だ、眠いわ……俺もう限界かも」
「ハァ? お子ちゃまかよ?」
「いや……夜中の2時は大人も寝てるから」
「うっせえ、もうちょっと頑張れや!」
「明日も講義あるし……お前、俺が朝弱いの知ってんだろ」
このままでは
馨は目を擦りながら立ち上がった。
その背中に少し慌てたような声がかかる。
「あっ! ちょい待ち! そういや実は俺、お前と話してえことあったんだよっ」
「はいはい……考察の話ね。悪いけど、明日な」
「待て待て、違う! 俺、最近ずっと考えてて……今日絶対に話そうって決めてたんだよ、今後のために」
後ろでコントローラーを置く音がした。
どことなく空気が変わったような気がして、馨は後ろを振り返る。
すると、やけに神妙な顔つきの悠大と目が合った。
「馨。いきなりで悪いんだけどさ──」
────────
˚❀₊⁎⁺˳❀༚˚❀₊⁎【以下、お知らせ】⁺˳❀༚˚❀₊⁎⁺˳❀༚
本日、更新等についてのお知らせがあります。
詳しくはこちらのノートの最後の方を
ご覧いただきますようお願い申し上げます。
香(コウ)
https://kakuyomu.jp/users/kou_kazahana/news/16817330652666677392
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