第三十話
緊張気味の声で、
「お前……
「!?」
予想外の言葉だった。
悠大との間に、今さら隠し事や遠慮はない。
しかし寧々のことだけは打ち明けていなかった。
自分の恋心があまりに切実で、誰にも知られたくなかったのだ。
湧き上がる羞恥心と焦りを押し殺し、馨は平然としたふりで笑った。
「え、急に何? 意味分かんないんだけど」
「いや、とぼけんなし」
「とぼけてねえよ。マジで分からん」
「お前の態度見てりゃすぐ分かるんだっつーの」
「態度って……安心院さんとはバンド練でほぼ毎日会ってるんだから、そりゃ仲良くもなるだろ」
「いやいやいや! そういうレベルじゃねーから!」
悠大は手を顔の前で振って笑い出した。
しかし、馨は今の段階で誰かに話すつもりはなかった。
特に悠大は、何かとうっかり口を滑らせる傾向にあるため、サークルで広まる可能性も否定できない。
そうなればきっと
「ていうか、なんで好きだと思ったの。具体的に言ってみろよ」
「いいんか? 恥ずかしくなっても知らんぞ!」
「別にいいよ。事実じゃないし」
馨は不安だったが、立ち向かう覚悟をした。
ここで悠大に勘違いだと思い込ませなければ、今後も疑いの目を向けられ続ける。
「じゃあ言うけど! まずお前、寧々ちゃんにだけクッソ優しいよな? うちのサークル、他にも女子たくさんいるのに」
「……安心院さんは関わる頻度が高いから、そう見えるだけだろ。女子には大体優しくしてるつもりだけど」
「何をいけしゃあしゃあと! あんな優しい態度、高1ん時以来見てねえぜ?」
「高校と大学の人付き合いを同じ基準で考えんなよ」
「うるせえ、すっとぼけやがって!」
悠大は不満げに嘆息して缶ジュースを口にする。
まだ話が続く気配がしたため、馨は床に座ることにした。
「しかもお前! 寧々ちゃんにすげー話しかけるよな? 特にバンドの四人でいるとき。こいつ寧々ちゃんしか見えてないんか? って思うもんマジで」
「……俺はただ気を遣ってるだけです。安心院さんが男三人といて、疎外感感じたら可哀相だろ」
これは馨の本心だったが、そこまで気を遣うのはやはり彼女が好きだからだった。
「ただの気遣いとは
「どう違うんだよ」
「滲み出てる! 好きって感情が」
「はあ? 何だそれ……適当
立ち上がろうとすると、悠大に腕を掴まれてすぐに引き戻された。
「待てこらっ! まだ終わってねえっ」
「な、何だよ。もういいって」
「そもそもお前さ、なんで俺がこんなこと言い出したと思ってる?」
「知らねえよ……」
「もしお前が寧々ちゃんを本気で好きなら、俺も協力したり、気遣ったりしてやれるからだよ! 単純に気になるからでもあるけどっ」
悠大の言葉は頼もしく聞こえる。
しかしそれでも、リスクを考えれば流されるべきではなかった。
馨はぐっと堪えて目を逸らした。
「だから……好きじゃないって」
「あんなに目で追ってんのに? 何ならもう見つめてるやん!」
「それは、安心院さんに何か用があったからだろ。多分」
「絶対そんなんじゃねーよ、あれは! あーもう、なんでこんな
悠大は頭を抱えて嘆く。
己の推測に絶対的自信があるのだろう。
そしてそれは、馨の振る舞いが本当に分かりやすいものだったからに他ならない。
馨は心の中で密かに恥じらった。
「もう終わり? 俺ほんとに寝るけど」
「いや、待てっ。最後に一つ質問させろ!」
「何?」
「お前もし寧々ちゃんに告白されたら、どうする?」
「……」
実際にその場面を想像する。
そして思った。
もしも本当に彼女から告白されるようなことがあったとしたら、喜びのあまりその場で抱き締めてしまうかもしれない。
「分かんねえよ。告白されてから考える」
あからさまにはぐらかすと、悠大は憎々しげに唸った。
「いや今考えろや……!」
「もう諦めろ。どうせお前の望んでる答えなんて出ねえし」
結果的に悠大に向けられた疑いは晴れなかったが、白を切り通すことはできたと言える。
馨は安堵して立ち上がった。
「じゃあもう寝る。お前、寝るときテレビと電気消しとけよ」
「ちっ、うるせー! さっさと寝ちまえ!」
露骨に不満げな顔をする悠大に手を振り、馨は寝室に入ってドアを閉めた。
ベッドに上がると、寧々から貰ったアロマライトが目に入る。
馨は、自分の恋心を隠して寧々と接していたつもりだった。
しかし悠大に勘付かれたということは、隠し切れていなかったのだ。
寧々に下心があると思われないよう、もう少し慎重にならなければならない。
馨はそう心の中で言い聞かせた。
◇◇
──ジャーン!!
突如、キーボードの不協和音が狭いスタジオに響き渡った。
馨と悠大と
そして、音の出どころである寧々の方を見た。
ただならぬ音色の余韻が消えて静まり返る中、寧々はキーボードに両手を置いて項垂れていた。
「ね、寧々ちゃんさん……?」
寧々と最も近い位置に立つ悠大が、躊躇いがちに声をかける。
彼女は険しい顔を上げ、三人の視線に気がつくと慌てふためき、泣きそうな表情になった。
「あっ……わ、わわ私、ごめんなさい……!」
土曜日の昼下がり。
四人はライブに向けた練習のため、音楽スタジオを借りていた。
いつも通り練習は平和に進んでいたが、2曲目の終盤、突然このような事態に陥っていた。
「ど、どうかしたの? 具合でも悪い?」
鉈落がドラムのスティックを持ったまま尋ねる。
寧々はぶんぶんと首を振った。
「ご、ごめんなさいっ……あの……ちょっと外の空気吸ってくるから、私抜きで練習してて……!」
そう言って彼女は、逃げるようにスタジオを飛び出していった。
三人は唖然として顔を見合わせる。
「寧々ちゃん、どしたんかな……?」
「さ、さあ……」
悠大と鉈落が口々に言って首を傾げる。
「なんか、思い詰めた顔してたな」
馨がそう言うと、鉈落が頷いた。
「確かに……。悩んでることでもあるのかな」
「そうかぁ? さっきまで普通だったのに?」
悠大は不思議そうに唸ったあと、馨と鉈落を見やる。
「んじゃさ、誰か一人、話聞いてきてあげね? 三人で行くと言いづらいかもしんねえし」
「ああ、そうかもね。何気ない感じでさりげなーく行けば、話してくれるかも」
鉈落は悠大に同意して頷く。そして
馨は二人を交互に見返した。
「な、何?」
「いや〜ここは三人を代表して馨が行ってきた方がいいんじゃねえかな〜と思って」
そう言う悠大は少しにやついている。
一週間ほど前に馨の恋心を暴こうとした張本人だ。
揶揄い半分で勝手に余計な世話を焼くつもりなのだろう。
苛立って反論しようとしたが、それより早く鉈落が悠大に賛同した。
「うん、俺も馨が行ってきた方がいいと思うな」
「えっ」
馨は意外な展開に
まさか鉈落も勘付いているのだろうか、と不安がよぎる。
「いや……ちょっと待って、なんで俺が」
「んー、何となくそれが最善な気がするというか、ね。総合的な判断で」
「そ、総合的……?」
「いいから行けよ〜お前ボーカルなんだからさぁ? バンドの代表ってことで!」
悠大が痺れを切らして暴論を吐く。
馨は言い返したかったが、寧々を案ずる気持ちも強くあった。
観念して深い溜め息をつく。
「あぁもう……俺が行っても解決するか分かんねえぞ」
「だーいじょぶだいじょぶ! 早よ行けっ!」
「頑張れ、馨。よろしく頼んだ」
「……」
さっさと手を振る悠大と人の
仕方なく馨はギターを降ろし、スタジオの重い扉を開けた。
そして少しひんやりとした廊下に出る。
このスタジオは、ライブハウスの地下にある。
外の空気を吸うと言っていた寧々は、恐らく階段を登って地上に出たのだろう。
馨は気合を入れて階段へと向かった。
────────
今回、近況ノートに【重要なお知らせ】を書きましたので、お手数ですがご覧いただければと思います…!!
この度は長らくお待たせしてしまい、
大変申し訳ございませんでした!
香(コウ)
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