第四十九話
通勤ラッシュ真っ只中の地下鉄車内。
その座席の端で、
辛うじて居眠りしていないのは、先ほどから
〈昨日言ったバンド、ドラムは
その案に異論はなかったため手短に〈分かった〉と返すと、すぐに返事が来る。
〈ありがとꕤ 肝心の
その状況で一体どのようにコンタクトを取るのか。
馨は不安に思ったが、大した案も浮かばぬ内に睡魔に負けてしまった。
◇
「
第一講の教室にて一通り挨拶を交わした後、馨は早々に彼に件の話を持ち掛けていた。
「駄目……?」
馨が恐る恐る尋ねると、彼は首を横に振った。
「いや、全然。喜んでやらせてもらうよ。ただ、馨って百花さんとそんな仲良くないイメージだから、大丈夫なのかなって」
「え? ああ。俺は別に、うん」
「そっか。でもいつの間にそんな話してたの?」
「えーと、金曜。ライブの打ち上げのときに話した」
何気ない質問のつもりかもしれないが、馨としては内心気が漫ろだった。
鉈落は日頃から人をよく観察している。まだ数ヶ月の付き合いの馨でも既にそれを感じ取っていたくらいだった。
「ああ。そういえば馨、途中百花さんと話し込んでたもんね」
「うん、まあ……でもその、淀名和先輩がなかなか連絡取れないらしいから、まだ何とも言えないんだけどさ」
「確かに部室でも見かけないな。じゃあ、先輩待ちか」
「そんなところ。話が付いたら知らせるわ」
「了解。誘ってくれてありがとう、楽しみにしてる」
鉈落はそう言って爽やかに笑う。
馨は百花の提案を実行しているだけの感覚だったが、彼の表情を見て少しは心待ちに思う気持ちが芽生えた。
◇
第一講が終了した後、馨は鉈落と別れて次の講義室へ向かっていた。
エレベーターは大抵混雑するため、階段で上の階を目指す。
ぼんやりしながら踊り場に差し掛かったところで
「おいっ、おはよう!」
馨はすれ違いざまに肩を掴まれた。
振り向いた先にいたのは
「ああ、おっす。金曜はお疲れ」
馨がそう言うと、悠大は友人達を先に行かせてから少し不満そうな顔で口を開いた。
「おう、お疲れ! お前さぁ、金曜なんで二次会来なかったんだよ? ちょっと酔い冷めてからお前いないの気づいて、クッソ萎えたんだからな!」
「知るか。普通に一次会で帰ってたわ」
「せっかくの初ライブだってのにあっさり帰んなよアホ! つーかそれより──」
悠大は
「お前、寧々ちゃんに告白したんか!?」
「……してないけど」
「はあ!?」
素気なく答えると、悠大は大袈裟な声を上げた。
あまりに予想どおりの反応である。馨は気が滅入って溜め息をついた。
「だから、好きじゃないってずっと言ってんだろ」
「いや、おま……嘘だろ……」
悠大の唖然とした顔に浮かんでいるのは、明確な失望だった。否定はしていてもこいつは告白するはずだ、とどこかで信じていたのだろう。
馨が黙っていると、悠大は何度もかぶりを振った。
「だってあの時、俺が助け舟出して、お前寧々ちゃんの席に行ったよな? 座敷の隅っこだったしイケただろ!? いやムードはねえけど、あれは絶好のチャンスだったって!」
「……」
「お前さ、決める時はしっかり決める奴やん? だってほら、高1ん時は迷わず告白してたし! だからもうマジで意味分からんのだけど!?」
「うるせえな、分かんなくねえだろ。寧々のことは単にお前の勘違いなんだって」
「えぇえ? あり得ねえ……!」
悠大は引き下がる様子もなく、眉間に皺を寄せて馨を見据えた。
「じゃあもう、俺が見てない間になんかトラブルあったんか!? 告白するつもりが変なことして嫌われちゃったとか!」
「何もねえって。普通にバンドこれからも続けようって話して、寧々はいつもどおり門限があるから先に帰った。……それだけ」
淡々と嘯きながら馨は胸が疼くのを感じた。
あの光景と恋心を忘れようと決めたはずなのに。
しかしそれを知る由もなく、悠大は納得がいかないと言わんばかりに頭を押さえた。
「マジで俺の勘違いだったのか……? やべえ、狐に包まれてるわ」
「……つままれてる、な。分かってると思うけど」
「うっせえどっちでも一緒だボケ! ったく……今まではお前のこと何でも分かってたのに、今回だけは全然分かんねえ!」
悠大は悔しそうに髪を掻き混ぜる。
しかし事実、馨はあの時までは確かに寧々を好いていたのだ。
その点で悠大の予想は当たっていたのだから、彼は十分今も馨のことを分かっていると言えるだろう。
だがそれを伝えるわけにはいかなかった。
ただでさえ複雑な事態になっているのに、彼が関わると更に拗れてしまう可能性がある。
「当てが外れたな、ドンマイ。じゃあもう行くわ」
「あ! ちょっと待て、馨!」
悠大の横を通り抜けて階段へ向かったが、慌てて呼び止められたので馨は仕方なく振り返った。
「今度は何」
「今日の五講終わり! せっかく俺らのバンド正式に続けるって決まったんだし、四人で今後のこと話し合うぞ!」
「……ああ、そういえばそうだよな」
馨の脳裏には真っ先に寧々の顔が浮かんだ。不安に思うがしかし、逃げ出すわけにはいかない。
それにどのみち彼女には、あのハンカチを渡さなければならなかった。その機会が早々に得られたとでも思えば良い。
「じゃあ後で改めてMINEすっから!」
「分かった」
「……ちなみに、どんだけはぐらかしても無駄だからな!」
悠大のそんな言葉が背中にかかる。寧々への気持ちのことを言っているのだろう、と馨はすぐに気がついた。
今後は彼の認識も変えさせなければ、躱すのも辛くなってしまう。
馨は密かにそう思いながら、適当に手を振って階段を上った。
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