第三十二話
「? なあに……?」
「あの、俺さ、
「ん、えっ? 伝えたいこと? わ、私に?」
「うん」
馨は、意を決して言った。
「……俺、4月に初めて会ったときからずっと──」
「へっくし!」
突然。
離れたところから響いてきた声に言葉を遮られた。
同時に、重ねられていた寧々の手がぱっと離れていく。
馨も手を引っ込めて、音のした方を振り返った。
駐車場には誰もいない。しかし、建物の影からこそこそと物音が聞こえた。
思わず立ち上がりそちらへ歩いて行くと、
「あ、やっば……」
気まずそうな顔をした
彼が逃げ出そうとするので、馨は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「お前、こんなところで何してんだよ……!」
寧々に聞こえないよう声量を抑える。
「ご、ごごごめん! だってお前と寧々ちゃん全然戻って来ねえから二人でイチャつ……あーいや、何かあったのかなと思って! 来てみたら寧々ちゃんの泣き声はするしで、出て行きづらくなって……」
悠大はそこで言葉を切り、少しだけにやついた。
「そんでお前さぁ、今……寧々ちゃんに告白しようとしてなかった?」
「!? な、何言ってんだよ。そんなことするわけ……ていうか、好きじゃねえってこの前否定したろ」
「否定しようがしまいが、もう俺の中では
「う、うるせえ。もういいからこっち来い」
馨は悠大の頭を引っ叩き、寧々の元に連れて行った。
寧々は困惑した様子で二人を交互に見る。
「あ、あれっ?
「
「えっ、そうだったんだ! ごめんね与那城くん、心配かけてっ。ちゃんと、説明するから……とりあえず、戻ろっかっ!」
彼女は慌てて立ち上がってそう言った。
どうやら馨が何を切り出そうとしていたかまでは察していなかった様子だ。
馨はそれを残念に思う反面、安堵もしていた。
気持ちを伝えたかったのは確かだが、予期せぬタイミングで心の準備が整えられなかったのも事実だったからだ。
スタジオに戻る途中、寧々が振り返る。
「そうだっ。ねえ馨くん、それで、話って……?」
「ああ、うん。また今度話す」
「? そっか……」
彼女は不思議そうに、丸い目を
◇
その日のバンド練習を終えた、帰りの地下鉄。
「馨、今日マジで告白の邪魔してスマンかった! 次はちゃんとアシストすっから、な?」
「だから告白じゃねえって。もう黙ってろや」
「そーゆー照れ隠し要らんから! なあ、俺思いついたんだけど、どうせ告白すんならライブの日がいいんじゃね? 初めてのライブで寧々ちゃんも気分が高まって、OKしてくれる確率上がっちゃうかもしんないぜ!?
「……ああ、早く家着かねえかな」
馨はひたすら悠大を
寧々に気持ちを伝えるまでは、可能なら彼には何の干渉もしてほしくなかった。
「ぶっちゃけお前さ、寧々ちゃんとお似合いな気もするんだよなー! なんか腹立つけど!」
「腹立つはこっちの台詞だ。しつこいんだよお前」
「まあそう言わず! ここだけの話、寧々ちゃんも『馨くん好き……♡』って思ってる説あるからな!」
「……えっ?」
「ハイッ食いついたー! すぐ食いついた! 寧々ちゃんにガチ恋100%! 確定演出ーキュインキュインキュイン!」
「今すぐ窓から下車しろ」
「はあっ? 死んじゃうだろが!」
「そう言ってんだよ」
「ひどい!」
不毛な攻防の末、地下鉄は馨の降りる駅『
「……やっと着いた。じゃお疲れ、バカ悠大」
「お疲れぃ! あっ、ライブ当日の告白大作戦、検討しとけよ? 割とガチで推奨する!」
「あっそ」
馨は雑にあしらってホームに降りた。
ドアが閉まっても手を振り続ける悠大を見送り、肩を落として溜め息をつく。
「言われなくても、そのつもりだったし……」
家に着くまで、ひたすら寧々のことを考えた。
彼女の手の感触が、まだ右手の甲に残っていた。
『ここだけの話、寧々ちゃんも《馨くん好き……♡》って思ってる説ある!』
悠大の言っていた言葉が、ふと頭の中で蘇る。
当然彼女と仲良くなるにつれて馨もそう期待するようになったが、それは単なる勘違いだと言い聞かせていた。
本当に勘違いだったときに、惨めになるからだ。
だが、実際に周囲からも好意的に見えるのだとしたら、彼女は本当に──。
「…………」
今までただの願望だったものが、もうすぐ手に入りそうな気がする。
馨は途方もなく、
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