第二十七話

「な……何言ってんだよ。どうせふざけてんだろ」


 突然の告白に困惑して、けい百花ももかをそっと遠ざけた。

 彼女はふらつきながらも後退し、自力で立って馨を見つめる。

 

「ふざけてないよ。ほんとに、君が好き」


 彼女の頬は仄かに紅潮していた。


 馨は一瞬それに見惚れてしまい、慌てて視線を逸らす。

 彼女が怪我をしたことで、苦手意識が薄らいでしまったのかもしれない。


一花いちはなくんって鈍感なんだね。さすがに私の好意くらいは、分かってると思ったんだけど」

「わ、分かんねえよ。だったら、今までの嫌がらせみたいなのは何」

「むぅ……。それは多分、私の距離の詰め方が下手くそなだけ」


 彼女は少し悲しそうに唸った。

 

「いまいち信じてもらえてないみたいだから、順を追って話すけど……私たちね、新入生歓迎会の前にwarehouseウェアハウスの部室で会ってるんだ」

「部室で?」


 確かに馨は何度か部室を訪れていた。

 しかしそこに彼女の姿があった覚えはない。


「うん。私が初めて見学に行ったときかな、会話はしてないけど。そのときにね──私、君に一目惚れしたの。君の全部が素敵に見えたんだ」

「…………」


 馨は呆気に取られた。

 その言葉が、今までの彼女の振る舞いとは違ってとてもまっすぐだったからだ。

 彼女は小さく笑って話を続ける。


「それから、部室で見かけるたびに好きになって……気がついたら歓迎会で話しかけてた。初めて会話できたから、嬉しかったなぁ。君、すぐ席離れてっちゃったけど」

「そりゃ、あんな絡み方されたら、離れるに決まってる」

「確かにあれはちょっと、大胆すぎたかもね。でも君の慌てる顔が見れたから、後悔してない」

「何だよそれ……」

「図書館で会えたときも、すっごく嬉しかった。それに……あんな人気ひとけのない場所で君と二人きりになれて、興奮した」

「!」


 その台詞は嘘には聞こえなかったが、あの夜見た夢を想起させるようで、馨はぞくっとした。


「ねえ、私が今話せることはこれくらいなんだけど……信じてもらえるかな? 君のこと好きだって」


 そう問われて、馨は頷く他なかった。


「まあ……嘘には聞こえない、けど」

「それならよかった」


 彼女の笑みは晴れやかだったが、馨の心は曇っていた。


 告白を受けたなら、当然それに対する返事もしなければならない。

 つい振られる側の心境を想像して居たたまれなくなるため、馨は断るのがとても苦手だった。


「ねえ、一花くん」

「……な、何」

「さっきコンビニで、絆創膏とかのお金いくらかかった?」

「…………え?」


 彼女は告白の返事を催促する気配などなく、鞄から財布を出している。

 そして両手で千円札を馨に差し出した。


「はい。これくらいで足りるかな」

「いや、あのさ……返事とか、要らないわけ?」

「んー? 何の返事?」

「何って、告白のだよ」

「あ……そっか。確かにそうだねぇ」


 彼女は思案顔で頷く。


「でも、返事は要らないよ」

「……なんで」

「そもそも付き合ってってお願いしたわけじゃないし。本当は告白するつもりもなかったの。今日はちょっと、いろいろ想定外で」

「は……? どういうこと?」

「まあ、そこは気にしないで。とにかく返事は要らないから。ね」

「??」


 頭の中の疑問符が増え続ける馨に、彼女は憂いを帯びた笑みを向けた。


「君のことはすごく好き。今日もまた、さらに好きになった。でも、ただそれだけ」

「……」

「もうこの話は終わりにしよ? それより、はいお金。返すね」


 そう言って再び千円札を差し出してくる彼女。

 馨はその切り替えの速さに戸惑いつつ、首を横に振った。

 

「……別に、返さなくていい」

「えっ? そういうわけにはいかないよぅ」

「大した金額じゃないし。その浮いた分で、地下鉄降りたらタクシーにでも乗れよ」

「んー……じゃあ、他の方法でお礼させて? お世話になっちゃったし」

「何もしなくていい。とりあえず、何事もなく家に帰ってくれれば、もうそれでいいから」


 彼女に好かれていると知って、今まで以上に接し方が分からなくなっていた。

 その好意には応えられないのだから、余計に気まずい。

 

 なかなか札を引っ込めない彼女に背を向けて、馨は口を開いた。


「駅までもうすぐだけど、どうする。またおぶってった方がいい?」

「あ、ううん。大丈夫、ありがとう。ゆっくりだったら歩ける」

「分かった。無理すんなよ」


 目も合わせず無愛想な言い方をしてしまう。

 だが馨としてはこれが、今できる精一杯の気遣いだった。


 ◇


 馨は百花とともに地下鉄に乗り、居心地の悪い時間を過ごした。

 今までの警戒心だけのせいではない。

 何とも言えない気まずさもあった。


 一方の彼女は、何事もなかったかのように隣に座っている。

 ただ、例の挑発的な態度は鳴りをひそめていたので、彼女も少し思うところがあったのだろうか。

 時折会話は交わしたが、当たり障りのない内容だった。

  

 やがて彼女は、馨が降りる「美麻みあさ」の一つ前の駅で席を立った。

 右足の痛みにもいくらか慣れたようだ。


「今日は助かったよ、一花くん。ほんとにありがとね」

「いや、全然。……じゃあ、気をつけて」

「うん。それじゃあね」


 彼女はひらひらと手を振って静かに微笑み、地下鉄を降りていった。

 

 馨は肩の力を抜いて溜め息をつく。

 彼女の告白を思い出し、複雑な気持ちでしばし考えに耽った。


 ◇


 帰宅してすぐにシャワーを浴び、ベッドに入ったのは午後11時頃だった。

 携帯を充電器に差し込み、MINEの通知が数分前に1件入っていたことに気がつく。


 何の気なしに確認すると、メッセージの送り主は寧々ねねだった。

 馨は嬉しくなってトークルームを開いた。


〈馨くん、お疲れ様です❀夜遅くに失礼します! 百花さんの怪我、大丈夫だった…? 先に帰っちゃって本当にごめんなさい(>_<)でも、私のことも気遣ってくれてありがとう…!〉


 文面に健気な彼女の思いやりが滲み出ていた。

 それに癒やされつつ、なるべく急いで返信を打つ。


〈お疲れ様。思ったよりひどい怪我じゃなかったし、大丈夫だったよ。安心院さんは親御さんに怒られなかった?〉


 彼女からの返信は、意外とすぐに届いた。


〈百花さん良かった…!(* ᷇࿀ ᷆*) 私も何とか大丈夫だったよ!(≧ω≦)〉

〈そっか、なら安心した〉

〈うん! 本当にありがとうね!❀〉


 永遠にこのやりとりを続けていたかったが、欲を出しすぎるのは良くない。

 そう思って会話を締めくくる文句を考えていると、新たに彼女からメッセージが追加された。


〈それと、お店から出たあと二人でお話したの、楽しかったです(*´ □`*)〉


「えっ……」


 馨は目に焼き付くほどその一文を見つめた。


 きっとこれは、友としての言葉に他ならない。

 分かっていても都合の良い考えばかりが浮かび、舞い上がる気持ちを抑えきれなかった。


〈俺も楽しかったよ。もうちょっと話したかったな〉


 気がつけば、そう返信していた。

 当然送ってから後悔の念が湧き上がったが、もはや手遅れである。

 下心を察知されて嫌われやしないかと、不安に駆られながら返事を待った。


 やがて、トークルームに吹き出しが一つ出る。


〈私も!(*´ω`*)また色々語り合おうね!o(*´∀`*)o❀〉


 それは純粋な温かい言葉だった。

 今日あった複雑な出来事も、彼女の女神のような笑顔に霞んでいく。


 馨は感極まって深く息を吐き、枕に顔を埋めたのだった。

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