第78話 背中は信頼できる人にしか預けられないですよ
サークルなどに入っていないぼっち文系大学生の長期休暇は基本九割引きこもりだ。いや、割と冗談抜きで。バイトとか定期的にしていたら、また話は別なのだろうけど。……僕の場合、バイトしていてもバイトでしか外出なさそう。
つまるところ、プールまでの数日、伊吹の水着を買いに行った以来、ほとんどまともに外に出ていない。せいぜい、たまに伊吹と晩ご飯の買い出しに付き合ってあげた程度。
まあ、それは伊吹もおおかた同じみたいで、さすがに僕以上に「しっかり」はしているから、ほぼ毎日買い物には出かけていたけど、それ以外に遊びに行くとか、そういったことは全くしなかった。
……担任の先生にも言われてたけど、僕以外に友達いないんだろうなあ。
さて、そんなふうにして迎えたプール当日。
「おはようございますっ、悠乃くん。朝ですよっ、朝っ」
外から鳥のさえずり声が聞こえてくるとともに、伊吹のそんな声で僕は起こされた。
今日は、あらかじめ天気予報とにらめっこをした甲斐もあって、突き抜けるような青空が広がる朝だった。ただ単に晴れているだけならいいのだけど、残念そこは夏の東京。息をするだけで汗が流れそうなくらい気温も高く、それはそれはまあ、プール日和の一日になりそうだ。
「……んん、おはよう……って」
僕は目をこすりながら上半身だけ起こすと、
「……えらく気合の入った格好しているね」
ベッドの側に立つ伊吹の服は、それこそザ・夏と言っても過言ではない汚れのない真っ白なノースリーブのワンピース。シンプルではあるが王道でもある。ナチュラルに整った顔立ちをしている伊吹が着るとそれはまあ映えるもので。
「だって、漫画に出てくる女の子、夏になると大抵こういう格好している気がしたので」
「……それは、まあ、そうだけど」
そうなんだけど。
……ことあるごとに伊吹が自らを二次元に染め上げようとしている気がするんです。いや、いいんだけどね? 別に、ただそのうちコスプレ始めましたとか言い出しそうで僕怖いよ。
心臓止まる自信あるよ? 朝起きたらいきなりアイドルとか魔法少女とか、はたまた現実味のなさそうな制服を着ているめっちゃ短いスカートの伊吹が立っていたら。
「とりあえず、お弁当は三人分、非常に不本意ですが三人分作りましたので」
そんな僕の頭のなかの未来予測はさて置いて。部屋の隅には、今日のプールの荷物と思わしきものがふたつほど鎮座している。
「あ、ありがとう。……助かるよ」
「あと、ゴムボール持っていけば事足りますよね?」
「うん。た、足りるんじゃないかなあ……」
「……じゃあ、あとは日焼け止めだけ忘れないようにすれば大丈夫かなあ」
小さいほうのトートバックの中身をごそごそと確認する伊吹。すると、「あ」と何かに気づいたように声を漏らしては、僕のほうを向いて、
「プール着いたら、日焼け止め塗ってもらってもいいですか? 背中に」
ちょっとだけ申し訳なさそうに首をすくめながら僕にそう頼んだ。
「……え? 僕?」
ベッドの上で間抜けな声をあげる僕。
「はい。悠乃くんです。いえ、悠乃くんが焼けた肌のほうが好きって言うのだったら考えなくもないんですけど」
「……べ、別にそういう趣味は」
「でしたら塗ってくれたほうが嬉しいです。焼けるとやっぱり痛いので」
「は、はぁ……。でも、背中に塗るんだったら稲穂さんでもいいんじゃ」
「……背中は信頼できる人にしか預けられないですよ」
「何戦争映画みたいなこと言ってるの? え? これから僕たちが行くのプールだよね?」
「ある意味プールは戦場だと思いますけど」
「プールを鮮血に染め上げるおつもりで……?」
「あ、そろそろ悠乃くん、起きないと朝ご飯食べられなくなっちゃいますよ?」
「ええ? 無視……?」
しかし、事実そろそろ起きないといい時間なので、色々突っ込みたいところはあるけどベッドから起き上がって、朝の身支度を始める。
顔を洗って、部屋着から外向けの服に着替え、とりあえず外にある郵便受けの中身を確認しに出ると、
「……にしても、あっつ」
部屋のなかにいてもムッとした肌触りの空気感だったのに、外に出ればそれは尚更。
チラシやハガキを手にして部屋に戻ると、鼻歌を奏でながら朝ご飯をテーブルに並べる伊吹に僕は確認する。
「伊吹、お弁当の保冷剤、大丈夫そう?」
「はい。これでもかって詰め込んだので、心配ないですよ」
……さすが、そこらへんはしっかりしているだけある。
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