第6話 石原くんはこんなことしても、変なことしたりしないれしょー?

「そ、そうですけど……それがどうかしたんですか……?」

「……ううん? べっつに? ど、どうもしてないよ? それに、幼馴染だからって言っても、特段仲がいいとも限らないしね?」

 ……別に、仲が悪いわけではないんだよな……。伊吹の好感度がバグっているだけで、僕は伊吹のこと嫌いなわけではないし。

 とりあえず、婚姻届の話だけは伏せておくことにして、話を続ける。


「えーっと……ま、まあ、高校進学に合わせてこっちに来たみたいで。何も連絡なしで引っ越しの挨拶だけ来たんでビックリして」

「えっ、こっ、高校生なのに実家出たの……」

 そ、それって石原くんのこと好きなんじゃ……とか思っきし僕に聞こえるようにひとりごとを呟いていたけど、僕は敢えてスルーする。


「一昨日は冷蔵庫のなか空っぽで晩ご飯どうしようかなあって思っているときに晩ご飯作ってくれて、かなり助かりましたね、はい」

「ばっ、晩ご飯までっ……もはやそれって」

 通い妻なんじゃ……とも聞こえたけど僕はそれを左から右にスルーする。


「いいいい、いっ、石原くんはっ、とっ、年上と年下だったら、ど、どっちのほうが好きなのかな?」

 どん、と空になった一杯目のグラスをテーブルに置いて、稲穂さんはふと僕に尋ねた。


「……? いや、特にそんなこだわりはないですけど……」

「じゃっ、じゃあっ、女子大生と女子高生らったら?」

「……なんですかそのどっちを選んでも詰みしかなさそうな選択肢は」

「いっ、いいはら答えてっ」


 あー、これもうアルコール回ってるな。稲穂さん、僕をこうやってご飯に誘うのはいいのだけど、大抵グラス一杯、二杯開けると酔い始めてしまう。あまり強くないんだろう。


「……そ、その二択だったら、そりゃ女子大生ですけど」

 こういうとあれですけど、女子高生は聖域ですし。

 僕がそう答えると、赤ら顔の頬をふふふと緩めた稲穂さんは、


「そうだよねー、やっぱりそうらよねー」

 と、若干怪しくなった呂律を回して、二杯目のレモンサワーをゴクゴクと呷っていた。


「うーーん……飲み過ぎひゃったなあ……」

 それから二時間程度、居酒屋で過ごし、お開きとなった飲み会。完全に稲穂さんは出来上がってしまい、僕が体を支えないとまともに歩けないくらいにまでなってしまっていた。


「……だからもう止めましょう、って言ったじゃないですか」

「らって石原くんわたしの話ずーっと聞いてくれるから、お酒すすんじゃうんだもん……」


 もはや二人三脚みたいにぎこちない足取りで、すぐそこにある駅まで進む。しかし、自力で歩けない稲穂さんの体は、当然だけど僕に密着してくるわけで、その際、小柄な身長と反比例するように育ったたわわな胸が、これでもかと僕に押しつけられる。


「……当たってますよ、稲穂さん」

「ふぇ? らいじょうぶらいじょうぶー。石原くんはこんなことしても、変なことしたりしないれしょー?」

 僕がそっと稲穂さんに注意すると、暗くなった夜空の下、ほのかに口元を緩め妖艶な雰囲気を漂わせそう返してくる。相変わらず口は回ってないけど。


「……それは、そうですけど」

 でも、かれこれ十九年(そろそろ二十年になるけど)彼女ナシ童貞を守り続けていると、そういう些細な刺激にも反応してしまいそうになるのが残念なところで。

「そうだよねー、なられんれんおっけーおっけー」

 稲穂さんの酔い状況はオッケーじゃないですけど、と、思っていると、


「……雨?」

 真っ暗な夜空から、ポツポツと雨が降り始めてきた。幸い、駅前通りは屋根がついているから濡れることはないけど、僕も稲穂さんも傘は持ってきていないから、駅を出てからは濡れてしまう。


「ついてないな……コンビニで傘買ってかないと。稲穂さん、駅、もう着きますよ、自分で歩けます?」

「んんー、らいじょうぶー、へーきへーき」


 ……こりゃ駄目そうだ。酔いが醒めるまで付き合ってあげるしかないかな。傘とミネラルウォーターでも買うか、と駅側に立地しているコンビニに向かおうとすると、

「悠乃くん、悠乃くん。傘でしたら、持ってきてますよ」

「ああ、うん、ありがとう、助かる──え?」


 駅の改札前に、制服姿の伊吹が傘を一本だけ持って立っていた。

「……な、なんで伊吹がここに?」


「悠乃くんが傘を持たないで出かけたのをたまたま目にしたので。雨の予報を見て、必要かなって思ったので。……そんなことより、その人、どちら様なんですか? とても、仲がよさそうなんですけど……」

「……いっ、いやっ……それはっ、そのっ……」

 よりにもよって体が密着しているところに出くわしたら言い訳が……! 

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